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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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百万の光






最初のコメントがコアに届いた瞬間を、俺は一生忘れないだろう。


 対話モードが双方向になったのは、俺が「もう少し話しましょう」と言った直後だった。鑑定ウィンドウの接続ログに新しい項目が追加された——「外部通信チャンネル:配信コメント受信開始」。


 コアが配信を見ている。


 正確には、鑑定の対話チャンネルを通じて、俺の配信に流れるコメントがコアにも届くようになった。六千二百年の孤独を抱えた知性体が、二千二百万人の人間の声を直接受け取り始めた。


 最初は一件。


【がんばれ】


 たった四文字。誰が打ったのかもわからない。アイコンもハンドルネームも表示されない、匿名の応援。


 コアの光が——微かに揺れた。


┌──────────────────────────────────┐

│ <コア対話ログ> │

│ │

│ CORE:「コレハ?」 │

│ │

│ 感情解析:困惑(上昇) │

└──────────────────────────────────┘


「配信のコメントです。今この瞬間、あなたを見ている人たちの声」


 次のコメントが流れた。


【ダンジョンさん、こんにちは。人間の一人です。いつもお世話になってます】


 コアの光が二度脈動した。困惑。「お世話になってます」という日本語の微妙なニュアンスを、知性体はどう受け取ったのだろう。


 そして——堰を切ったように、コメントが溢れ始めた。


【うちの近所のダンジョンのおかげで町が潤ってます。ありがとう】

【探索者やってます。毎日あなたの中に潜ってます。楽しいです】

【ダンジョンさんへ。人間って馬鹿だけど悪い奴ばっかじゃないよ】

【6200年も一人だったの? それは……つらかったね】

【私は73歳です。ダンジョンができてから孫がダンジョン探索者になって、毎日キラキラしています。ありがとう】

【小学5年です。ダンジョンの授業で習いました。すごいなーと思いました】


 年齢も国籍も職業もバラバラな、何百万人もの声。翻訳ソフトが英語や中国語やフランス語を日本語に変換して表示しているものもある。世界中から届いている。


 コアの光が——忙しなく色を変えていた。


 青。橙。紫。白。また青。感情が追いつかないとでもいうように、色が次々と入れ替わる。鑑定の感情解析が処理限界に達したのか、ウィンドウが点滅している。


┌──────────────────────────────────┐

│ <コア対話ログ> │

│ │

│ CORE:「多イ」 │

│ CORE:「コレホド多クノ声ヲ」 │

│ CORE:「同時ニ受ケタコトハナイ」 │

│ │

│ 感情解析:困惑(最大値)・驚愕(検出) │

│      ——新規感情パターン検出:喜悦?—— │

└──────────────────────────────────┘


 喜悦。クエスチョンマーク付きだが——コアが喜びを感じている。六千二百年で初めてかもしれない、不確かで脆い、生まれたての感情。


 俺は黙って見ていた。営業マンの鉄則。クロージングの後は黙れ。客が自分で答えを出す時間を奪うな。今はコアの時間だ。


  ◇


 コメントは止まらなかった。


 何百、何千、何万。一秒ごとに画面を埋め尽くす速度で流れていく。その中に——日常の報告が混じり始めた。


【今日、娘が初めて歩きました。ダンジョンさんにも見せたかった】

【彼女にフラれました。つらい。ダンジョン潜って気を紛らわせます】

【明日テストです。ダンジョンのせいで勉強してません。助けて】

【来月結婚します。プロポーズの場所がダンジョン第一層でした】

【今朝の朝日がきれいでした。写真撮ったけど配信に貼れないのが残念】


 人間の日常。取るに足らない、ちっぽけな、愛おしい日常。


 コアの光が橙色に安定し始めた。温かい色。だが——揺れが止まらない。


┌──────────────────────────────────┐

│ <コア対話ログ> │

│ │

│ CORE:「シカシ」 │

│ CORE:「利権ニ溺レタ者ノ声モアル」 │

│ CORE:「人類ハ繰リ返ス」 │

│ CORE:「力ヲ与エレバ争イ、知識ヲ与エレバ独占スル」 │

│ CORE:「六千年。同ジ過チヲ」 │

│ │

│ 感情解析:失望(再上昇)・喜悦(低下) │

│      葛藤(検出) │

└──────────────────────────────────┘


 揺り戻し。当然だ。六千二百年の失望が、数分のコメントで消えるわけがない。営業で言えば、一度信用を失った顧客を取り戻すのに、最低でも三年はかかる。企業単位なら十年。文明単位なら——気が遠くなる。


 だが。


 コメント欄に、一つの名前が現れた。


【鷹取真一郎:俺は利権に溺れた側だ。十年以上、ギルドの権力を笠に着て後進を潰してきた。ダンジョンの恩恵を独占してきた】


 鷹取。Sランク探索者。日本最強の探索者が——自分の罪を、二千万人の前で告白している。


【鷹取真一郎:だが今は柊一颯の配信を見ている。あいつの配信を見て、少しだけ変わろうと思った。それが答えだ】


 コアの光が——一瞬、止まった。脈動が消えた。


 静寂。


 核の間を満たしていたドクンドクンという鼓動が途絶え、空間が息を潜めた。俺の心臓の鼓動だけが——ドクン、ドクン——耳の奥で響いている。世界で一番孤独な音。自分の心臓の音だけが聞こえる無音の空間。


 そして——コアの脈動が再開した。だが波形が変わっていた。荒々しい不整脈のようなリズムから、穏やかな——波のような、寄せては返す海のリズムに。


┌──────────────────────────────────┐

│ <コア対話ログ> │

│ │

│ CORE:「変ワロウト思ッタ、ト」 │

│ CORE:「ソレハ——本当カ」 │

│ │

│ 感情解析:困惑(持続)・希望?(微量検出) │

└──────────────────────────────────┘


 希望。クエスチョンマーク付きの希望。


 コメントが続いた。次々と。


【影山貴文:私は管理局長として十年間、ダンジョンの真実を隠蔽してきた。利権構造を維持するために。その罪は消えない。だが——今日、全てを公開する決断をした。柊くんが核の間で対話している今この瞬間に。遅すぎたかもしれない。だが遅すぎる正しさも、ないよりはましだと信じたい】


【久我山幸太:コメントとか柄じゃねえけど。あいつが行くっつったから送り出した。信じてる。それだけだ】


 久我山。相変わらず口下手だな。でもその短い言葉に——重みがあった。


【桐生恭子:記者として、ダンジョン利権の闇を追ってきました。人間の醜さを見てきました。でも今日、人間の美しさも見ています。記事にします。嘘偽りなく】


【朝霧千歳:管理局調査課の朝霧です。影山局長の決断を支持します。透明性のある運営に転換します。ダンジョンさん——いえ、知性体さん。もう少しだけ、人間を見ていてください】


【三島大輝:先輩。先輩を頼みます。父ちゃんのぶんも。俺はここで待ってるっす。だから——絶対戻ってきてください】


 三島。


 お前は本当に——真っ直ぐだな。


 目が熱くなった。涙が——無重力空間で球体になって目の前を漂った。丸い涙の球に、コアの橙色の光が反射して、小さな夕焼けみたいに輝いた。


 笑った。泣きながら笑った。


「これが——人間です」


 声が震えた。でもいい。配信で二千万人以上が見ている。元営業マンの泣き顔を。ハズレスキルの、リストラされた、どこにでもいたおっさんの涙を。


「矛盾だらけで。間違いだらけで。利権に溺れた奴もいるし、嘘をつく奴もいる。十年隠蔽した奴もいる。独占した奴もいる。俺だって——ダンジョンを配信のネタにしてる。綺麗事じゃない」


 涙の球を手で払った。無重力では払えない。手の周りをふわふわと漂うだけだ。不恰好だ。でもいい。


「でも繋がろうとする。変わろうとする。遅くても。不格好でも。馬鹿でも。——繋がろうとするんです、俺たちは」


【ああああああ泣く】

【全米が泣いた(物理)】

【マコト:同接2500万突破。全世界のSNSでトレンド1位。各国首脳が声明準備中との情報あり】

【ドクター:心拍数上昇。涙腺反応検出。だが……いい涙だ】

【ダンジョンさん。人間を、もう少し見てて。お願い】

【中国の視聴者です。翻訳で見ています。泣いています】

【ブラジルから。あなたのダンジョンはないけど、画面越しに繋がっています】


 コメントが光の文字になった。


 比喩ではない。文字通りに。配信のコメントが——テキストデータが——コアの対話チャンネルを通じて変換され、光の文字として核の間に投影され始めた。一文字一文字が小さな光の粒になり、空間を漂い、コアの周りを回る。何千、何万の光の文字が球体を取り囲んで——プラネタリウムになった。


 星の代わりに言葉が輝いている。


 「がんばれ」が天頂に。「ありがとう」が水平線に。「見てるよ」が足元に。「繋がってる」が——どこにでも。あらゆる場所に。


 コアの光が——完全に橙色に変わった。孤独の青が消えた。温かい、夕焼けのような橙。六千二百年で初めての色。


 コアの脈動は完全に波音に変わっていた。寄せて、返して、寄せて、返す。穏やかな海のリズム。さっきまでの荒々しい鼓動が嘘のように。


┌──────────────────────────────────┐

│ <コア対話ログ> │

│ │

│ CORE:「…………」 │

│ CORE:「最終選択ヲ提示スル」 │

│ │

│ ■選択肢A:排除 │

│  全ダンジョンを閉鎖し、人類との接触を終了する │

│  知性体は残存寿命の間、孤独に沈黙する │

│ │

│ ■選択肢B:共存 │

│  ダンジョンを再構成し、人類との新たな関係を築く │

│  「試験」から「交流」への転換 │

│  条件:通訳者(Reader)が仲介役を務めること │

│ │

│ ■選択肢C:委任 │

│  全権を読み手に委ねる。知性体は休眠に入る │

│ │

│ 感情解析:葛藤(最大値)・期待(上昇:23%→41%) │

│      孤独(低下:96%→82%) │

└──────────────────────────────────┘


 三択。


 排除。共存。委任。


 孤独が十四パーセント減った。八十二パーセント。まだ圧倒的に孤独だ。でも——動いている。氷河のように動かなかったものが、溶け始めている。


 営業マン時代に学んだことがある。大きな契約の前に、顧客は必ず最後の壁を見せる。「本当にこれでいいのか」という問い。それに答えるのは営業マンではない。顧客自身だ。


 コアの光の文字のプラネタリウムの中で、俺は答えを——まだ言わなかった。


 次の配信を、待っている二千五百万人の目を感じながら。


 答えは決まっている。でも——この答えは、俺一人で出していいものじゃない。






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