14-1(Side-Miku).私が見た一ヶ月(前編)
【このエピソードは、消えた一ヶ月をミク視点で描いています】
――六月六日火曜日。時刻は朝の六時。
目が覚めた瞬間、違和感があった。
カーテン越しの光。
スマホのアラーム。
隣の部屋から聞こえる、ザンテツ課長とカコの生活音。
全部、いつも通り。
なのに――
「なんか……、変だわ」
小さく呟く。
理由は分からないけど、確実に“何か”が足りていない。
こんな感覚、今までのループでは感じた事がなかった。
“ある”が無いのではない。
“無い”があるのだ。
「……何が、足りないんだろ」
考えようとした瞬間、頭の奥に引っかかる。
思い出そうとすると、そこだけ空白になる。
まるで、最初から何も無かったみたいに。
――ピリッ。
一瞬、頭の奥にノイズが走った。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年六月五日月曜日
対象:地球の全生命体』
「……え?
今日のログ……、記憶削除って何……!?」
私には誰にも言っていない秘密がある。
それは、毎朝この時間になると、バグによってログを受信してしまう事だ。
頭の中に直接表示され、一瞬で消えてしまう。
本来は、ログはまだまだ続くのだろう。
まず、ログとは……何か。
これは神が宇宙を管理するために作成している、神のみが閲覧できる記録なのだと学校で学んだ。
しかもそれは不可侵で、例えば、私やカコが事実改変を行っても、ログには絶対に記録される。
そして、神というのは、私やカコが通っていた学校の校長先生みたいな存在だ。
卒業した天使と悪魔は、神の采配によって各惑星に派遣される。
「……なるほど、昨日の事が全く思い出せないのは、記憶削除が使われたからって事ね」
理解した私は独り言が漏れた。
……でも、誰がやったのかとか、目的とかはよく分からないですね。
――その日、私はいつも通りに仕事をして、いつも通りにサビ残した。
◇
――六月七日水曜日。 時刻は朝の六時。
目が覚めた瞬間、やはり違和感。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年六月六日火曜日
対象:地球の全生命体』
「……!」
また、昨日の記憶がバッチリ消されたようだ。
――しかし、なぜか昨日のログだけは覚えていた。
お陰ではっきりと理解してしまった。
“存在していたはずの一日”が……、ない。
「……嘘……でしょ……」
何も思い出せない。
でも、“あった”ことだけは分かる。
カレンダーのアプリを見る。
ちゃんと六日は過去になっている。
でも私は、その日の自分を一切思い出せない。
「……なに、これ……」
怖い。
けど、まだこの時は、何かの間違いだと思おうとしていた。
◇
――六月八日木曜日。 時刻は朝の六時。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年六月七日水曜日
対象:地球の全生命体』
「……また……?」
ベッドの上で、固まる。
昨日も、一昨日も……思い出せない。
でも、分かる。
ログだけは覚えていられるお陰で、何者かに二日分の記憶が消された事が分かる。
「……なんで……?」
震える手でスマホを開く。
スケジュールも、メモも、全部残っている。
“やったこと”は全部ある。
でも……、“やっている最中の自分”だけが……、存在しない。
「……おかしいよ……」
この時点で、はっきりした。
これは、偶然じゃない。
何者かが明確な意図を持って、私たちの地球をめちゃくちゃにしている。
◇
――六月九日金曜日。 時刻は朝の六時。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年六月八日木曜日
対象:地球の全生命体』
「……やめて……」
反射的に、そう呟いていた。
……もう分かっている。
朝が来るたびに、前日が消える。
昨日、何をしていたのか。
誰と話したのか。
何を考えていたのか。
全部、削除される。
なのに、“消された”という事実だけが残る。
「……これってきっと、ログだけを覚えていられる私だけなんじゃ……」
そう自覚した瞬間に、異様な恐怖感に襲われた。
「……私だけ、世界で独りぼっち……」
会社に行って、周りを見る。
しかし、誰もこの事実に気づいていないようだった。
……当たり前だ、気づけるはずがない。
記憶ごと消されているんだから。
◇
――六月十日土曜日。 時刻は朝の六時。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年六月九日金曜日
対象:地球の全生命体』
「まだ……、続くの……」
私の精神は蝕まれていった……。
何を考えていたのかすら思い出せない。
さっきまで何をしていたのかも、曖昧になる。
……これ、もしかして。
昨日だけじゃなくて、今日も削られてる?
◇
――六月十一日日曜日。 時刻は朝の六時。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年六月十日土曜日
対象:地球の全生命体』
「……っ……」
声が出ない。
五日分。
五日分、存在していた自分が消えている。
でも、体は普通に動く。
今日は休みだったから、一日中家に閉じこもって、あらゆる打開策を考え続けた。
◇
――六月十二日月曜日。 時刻は朝の六時。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年六月十一日日曜日
対象:地球の全生命体』
「……私、本当に……生きてる……?」
記憶がなければ、それは本当に“自分”なのか。
ふと、そんな哲学的な考えが浮かんだが、私はいつも通りに会社へ向かった。
絶望的な気分で事務所に入ると、そこには一筋の光――ザンテツ課長がいた。
「なぁミクちゃん、聞いてや〜。
昨日久しぶりにパチで大当たり出したはずやのに、気持ちええ感覚忘れてもうたんよ……。
あの瞬間のためにやっとるのに……、ショックやわ〜」
……!
ザンテツ課長……、記憶が消去されている事に気づいた!?
「すまんすまん!
こんな事ミクちゃんに話しても、返しに困るよな!
忘れてくれ……!」
そう言ってザンテツ課長は仕事に戻った。
“忘れてくれ”って、なんて皮肉な言葉なんだろう。
私だって、あの毎朝のログの記憶さえ忘れられれば、みんなと同じように、普通に生活できたのかもしれないのに……。
◇
――六月十三日火曜日。 時刻は朝の六時。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年六月十二日月曜日
対象:地球の全生命体』
「……もう無理……、いつまで続くの……」
限界だった……。
止められない、逃げられない、原因も分からない。
ただ……、毎日、自分が削られていく。
◇
――六月十四日水曜日。 時刻は朝の六時。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年六月十三日火曜日
対象:地球の全生命体』
「……もう……」
言葉が続かない。
一週間。
ほとんど一週間分の自分が、消えている。
それなのに、世界は何も変わらない。
仕事も、日常も、全部続いている。
まるで“過程なんて最初から必要なかった”みたいに。
「……違う……」
それだけは、違うと分かる。
だって私は、消されたことを知っている。
◇
それからしばらく時が過ぎた。
――七月五日水曜日。 時刻は朝の六時。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年七月四日火曜日
対象:地球の全生命体』
「…………」
もう、驚きはなかった。
たまにある嬉しい変化は、ザンテツ課長が「昨日のこと覚えてる?」とか「先週なにしてた?」とか聞いてくれる事だ。
しかしそれももう、日常と化していた。
そんなこと聞いてきても、次の日にはそれを聞いたことすら忘れている。
そう、記憶が消えた記憶すら消えている状態だ。
◇
――七月六日木曜日。 時刻は朝の六時。
『ログ更新:正常。
記憶削除範囲:二〇XX年七月五日水曜日
対象:地球の全生命体
目的:要観察個体(錆田斬鉄)による非合理的価値生成の阻止』
今日はログがいつもより長く聞こえた。
「……これって……」
分かってしまう。
「あの意味不明なデザートの開発が、この宇宙の誰かにとっては不都合だったってこと……?」
その時、視界の奥の誰もいないはずの場所に、“何か”がいる気配を感じた。
見えないけど、分かる。
今までと違う。
向こうも、こちらを認識しているようだ。
「きっとザンテツ課長があのデザートを思い出したら、次こそとんでもない事が起こりそうよね……」
その時、私は気づいた。
「ちょっと待って……!
鈴香部長……ここ一ヶ月、見てない……!
というか、六月五日!
あの日の新商品案の提出会議、行われなかったってこと……!?」
そして――
一瞬、何も流れてこなくなった。
――次の瞬間。
『なんだ? 我の能力が効かない例外個体だと……?』
「……っ!」
心臓が強く跳ねる。
それは、絶対に気づかれてはいけない“ナニカ”だった。
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