13.幸福の味と不幸のレシピ
――ピピピピッピピピピッ♪
スマホのアラームが鳴っている。
時刻は六時。 六月五日の月曜日や。
あの地獄の会議から、もう一週間経ったらしい。
「結局、何も完成してへん……。
ワイの社会人生活も今日で終わりや……」
ベッドの上で天井を見つめながら、ワイは呟いた。
「おじさん、起きてるッスか〜?」
カコが布団から顔を出した。
「……なんや、今日は珍しく起きとるんか」
「だって今日は新商品案の提出日ッスよ?
ウチ、結果楽しみなんスけど」
カコは朝からニヤケ面をしている。
「他人事やと思って……」
「他人事じゃないッスよ。
失敗したらおじさんの不幸ポイント上がるッスから」
「お前ほんまそればっかやな」
――ピロリン♪
スマホが鳴った。
「……嫌な予感しかしない」
画面を見る。
「やっぱ鈴香部長かいな。
『本日十六時、新デザートの最終提出。期待してるよ〜』って……、圧がすごいねん!
絶対楽しんどるやろこれ……。
……まあええわ、ニュースでも見るか」
『今朝のトピックです。
今週に入り、全国的に気温が上昇し、各地で“体験型スイーツ”の人気が高まっています。
見た目の楽しさや、食べる過程そのものを重視した商品が若者を中心に支持を集めており――』
「体験型スイーツか……、今はそんなのあるねんな」
「おじさんのやつ、それっぽいッスね」
「……都合ええニュースやな」
ワイは苦笑した。
「ほな、ワイのもワンチャンあるかもしれんな」
「いやぁ〜、どうッスかねぇ」
「なんで疑うねん。
ほな、会社行こか〜」
◇
会社に着いたワイは、そのまま調理室に直行した。
「……時間、なさすぎやろ」
エプロンを着けて、材料を並べる。
ゼリー、クリーム、フルーツ、黒糖ソース、炭酸パウダー。
方向性だけは、決まっとる。
「“非合理で、楽しい”や」
言うのは簡単やけど、それを形にするのは地獄や。
まずは無難に……、甘いゼリーと黒糖ソース。
一口。
「……普通に美味いが、面白くないな。
これやと、ただの優等生や」
即ボツ。
次は、炭酸を加えてシュワシュワ感を弾けさせる。
「おっ、見た目もちょっとええやん」
一口。
「……いや、弱いな」
驚きが一瞬で終わる。
ボツや。
その次は思い切って、味をぶつける。
甘さに、酸味、さらに黒糖でコクを足す。
一口。
「……うわ、ぐちゃぐちゃや」
でも、もう一口。
「……なんやこれ」
自分でも理由は分からんのに、手が止まらへん。
その時、後ろからカコが声をかけてくる。
「おじさん、顔ヤバいッスよ」
「カコ、邪魔すんな」
「それ、成功してる顔じゃないッス」
「なら、失敗でもない顔やろ?」
「一番タチ悪いやつッスね」
ミクちゃんも覗き込んできた。
「……あ、でもそれ、ちょっと楽しそうです」
「やろ?」
「はい。完成してない感じが逆に」
「フォローになってへんぞ」
矢名井さんは少し離れた位置から観察していた。
「味の整合性が崩壊していますわね。
ですが……、体験としては成立しています」
「……それや」
ワイは手を止めた。
「“美味い”やなくて、“楽しい”」
「評価軸の変更……、ですわね」
「そういうことや」
ワイは深呼吸した。
「よし、方向性はこれでいく」
「つまり、どんな方向性ッスか?」
カコが聞く。
「ぐちゃぐちゃで、意味分からんけど、もう一口いきたくなるやつ」
「最悪ッスね」
「そんなの褒め言葉やで」
◇
そして気づけば昼休憩も取らずに午後三時になっていた。
「ザンテツ課長! いよいよですね、最終提出!」
ミクちゃんがちょっとワクワクした顔で言う。
「おじさん、ちゃんと作ったッスか?」
カコは相変わらずニヤニヤしている。
「……一応な」
ワイは机に置いていた試作品の箱をトントン叩いた。
「これが、ワイの“非合理なデザート”や」
箱を開けると、現れたのは――
青いゼリー、赤いフルーツ、白いクリーム、黒糖ソース、そして謎のシュワシュワ。
全部が一つにまとまっている。
「おお〜!」
カコが身を乗り出す。
「……見た目からして混沌ですわね」
矢名井さんが何かメモを取りながら評価した。
「名付けて――“ぐるぐるスプラッシュパフェ”や!」
「ダッサ!!」
カコが即ツッコミ。
「うるさいわ!」
ミクちゃんはキラキラさせている。
「なんか楽しそうです!」
「ほな、試食や」
ワイがスプーンを持った瞬間――
「待ってください!」
ミクちゃんが止める。
「ちょっとだけ……仕上げをします」
……なんか、嫌な予感。
「それ……七味やろ?」
「はい!」
「はいちゃうねん!!」
ドバァッ!
「やめぇぇぇ!!」
パフェが一気に赤くなる。
「……終わった。
いくら辛いのが好きやからって……」
落胆するワイを尻目に、カコも続けて悪ノリをする。
「ウチもいくッスね〜」
「ちょ、お前もかいな!」
カコはシロップを取り出した。
「甘さは正義ッス!」
ドバドバドバ。
「加減って言葉を知らんのかお前ら!!」
そして、完成したのは――
激辛×激甘×黒糖×炭酸のカオス。
矢名井さんがスプーンで口に運び、無表情で咀嚼をする。
「……どうや?」
「……意味が分かりません」
「せやろな!!」
「ですが――」
そう言って、矢名井さんはもう一口食べた。
「興味深いですわ」
ミクちゃんも食べる。
「……あ、好きですこれ」
「嘘やろ!?」
「七味が効いてます!」
「辛いの好きなだけやろ!!」
カコも食べる。
「うわ、最悪ッス」
「正直やな」
「でも……、なんか楽しいッス!」
ワイも食べた。
辛い。甘い。黒糖のコク。シュワシュワ。
ぐちゃぐちゃや。
「うっ、なんやこれ。
……でも、楽しいな」
気づいたら、全員笑っていた。
◇
午後四時、会議室。
「じゃあサビ残くん、最終提出をどうぞ」
「鈴香部長、こちらが“ぐるぐるスプラッシュパフェ”です」
「ネーミングはさておき」
一口、二口。
鈴香部長は意外にもスプーンが止まらなかった。
「……不思議だねぇ。
全く完成には程遠い気がするんだけど、もう一口いきたくなる」
「それですよ、部長。
意味なんかないんです。
でも……、それでええと思ったんです」
しばらくの沈黙。
……や、やっぱり怒ったんやろか。
「……サビ残くん。
このデザート、いいじゃないか」
「え?」
「ただ、企画としては面白いが、完全なカオスは売れない。
“ちょっとだけ意味不明”くらいに調整しな」
「……承知いたしました!
ありがとうございます!」
◇
会議が終わって、ワイら四人は事務所に戻った。
「課長、通りましたね!」
「奇跡やな……」
「七味の勝利です!」
「絶ッ対に違うわ!」
「シロップも効いたッス!」
「シロップは……、割とアリやったな!」
笑いながら、ワイは思った。
非合理で、意味がなくて、ぐちゃぐちゃで。
でも、楽しい。
「……これでええんかもな」
矢名井さんが言う。
「合理的が当然の惑星では、この価値は生まれません。
地球だけが生むことができる、バグレベルの価値です」
「せやな」
「だからこそ……、私は守りたいと感じたのかもしれません」
「急にええこと言うやん」
矢名井さんの地球を守りたいという気持ちは、しっかりと伝わっていた。
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