12.合理的な地獄と非合理な余韻
――ピピピピッピピピピッ♪
スマホのアラームが鳴っている。
昨日が楽しすぎたせいか、アラームの音がいつもより三割増しで不快や。
時刻は六時。 五月二十九日の月曜日や。
……現実や。
「……行きたくねぇ」
思わず本音が漏れる。
昨日のプール、楽しかったなぁ……。
ああいうのが矢名井さんの言う“非合理な幸福”ってやつなんやろな。
――ピロリン♪
スマホに通知が来た。
「うわ、鈴香部長やんけ……。
なになに、『本日午後四時より、新商品企画の中間発表を行います』だって?
こんなの聞いてへんぞ!」
……てか、この人なんでこんな早朝からメールしてくんねん。
朝帰りのついでなんやろか……。
「……まあええわ、ニュースでも見るか」
『今朝のトピックです。
先月十六日未明、都内の研究機関で行われた実験において、同一条件下にも関わらず結果が一致しない事例が確認された件についてです。
当初は機器の誤作動と見られていましたが、複数の記録媒体に同様の記録が残っていることから、「実験そのものに問題がある可能性」も指摘されており――』
なんでもないニュースのはずやのに、ワイは妙に引っかかった。
「四月十六日って確か、宇宙人と戦った日やな」
一瞬だけ、胸の奥がざわついた。
「機械の誤作動……なわけないやろ」
◇
ワイはいつものように走って会社に到着した。
とにかく、夕方までに新商品の案を考えへんと……。
はぁ……、空気が重い。
昨日と同じ世界とは思えへん。
「ザンテツ課長、おはようございます……」
ミクちゃん、若干ぐったりの様子で出社。
「……おはようッス。
おじさん、ウチの事も起こしてから家出てくださいよ……」
カコも珍しくテンション低めや。
まあ、カコに関しては遅刻しなかっただけ偉いかもしれへんな。
「おはようございますですわ、錆田課長」
矢名井さんはいつにも増してピシッとしとる。
「おはよ。 お前らも疲れとるやろ……」
「そりゃそうッスよ……、はしゃぎすぎたッス……」
そこへ、コツコツコツとヒールの音。
「おはよう、開発課の諸君」
鈴香部長や。
空気がさらに一段と重くなる。
「なぁ、サビ残くん。
昨日は有意義な時間を過ごせたかい?」
「……はい(強制でしたけど)」
「じゃあ、その成果を見せてもらおうかねぇ?
夕方、楽しみにしてるよ〜」
逃げ場なしの残業確定や。
◇
時刻は午後四時。
会議室には鈴香部長と開発課の四人が集まっていた。
ホワイトボードの前に立たされるワイ。
「じゃあサビ残くん、発表どうぞ」
「……はい」
アカン。 何も、思いついてへん。
昨日一日、遊んでただけや。
……いや、違う。
ワイは目を閉じて思い出す。
プールの水の音。
周りの楽しそうな笑い声。
爆速のスライダー。
激辛の焼きそば。
そんな訳ないレベルの大波。
……意味なんてなかった時間や。
「……ワイは」
一瞬、言葉に詰まる。
「……よう分からんけどな」
しかし、口が勝手に動いた。
「“非合理なデザート”を提案します」
「……ほう?」
鈴香部長の目が細くなる。
「冷たくて、甘くて、見た目も楽しい。
せやけど、食べる意味は特にない」
「意味がない?」
「はい。 効率も、栄養も、特に優れてへん。
でも……、なんか楽しい。
そんなデザート」
沈黙の会議室。
アカン、終わったかもしれん。
その時――
「それ、いいと思います」
ミクちゃんが援護射撃をしてくれた。
「楽しいって……それだけで、十分な価値があると思います」
「ウチも賛成ッス」
カコも手を挙げる。
「無駄なことって、逆に記憶に残るッスから」
この二人、珍しく意見が一致しとる。
そして――
「補足よろしいですか」
矢名井さんも口を開いた。
「人間は、非合理な体験によって幸福度を上昇させる傾向があります」
昨日までと同じ口調なはずやのに……、どこか違う。
「したがって、この“非合理なデザート”は、効率ではなく体験価値において優位性があります」
理屈を付けた。
鈴香部長が腕を組む。
「……なるほどねぇ」
沈黙の会議室、再び。
「じゃあさサビ残くん、それを具体的な商品に落とし込めたのかい?」
「えっ」
「その様子じゃ、口から出まかせかい?
はぁ……、一週間後に再提出、頼むな」
◇
会議終了後、ワイら四人は会議室に残っていた。
「課長、ナイスでした!」
「ウチ、ちょっと見直したッス」
「どこがやねん! 全然アカンかったで!」
反省していると、矢名井さんが近づいてくる。
ほんの少し、距離を測るように。
「先程の発言、興味深かったですわ」
「テキトー言っただけやで」
矢名井さんは首を横に振った。
「……非合理なのに、価値があると判断する」
一瞬、言葉を選ぶ。
「それが――地球なのですね」
ワイは苦笑した。
「なんやそれ」
矢名井さんも少しだけ笑った。
それは今までで一番、自然な笑みやった。
◇
時刻は午後七時。
当然のようにサビ残中や。
ワイは自席でパソコンの画面と睨めっこをしていた。
「一週間でデザート考えろて……、無茶振りすぎるやろ」
ふと、真っ暗になった窓の外を見る。
「……非合理なデザート、か」
カコが後ろから覗く。
「おじさん、まだ悩んでるッスか?」
「当たり前や」
「簡単ッスよ!
楽しかったこと、そのまま入れればいいんス」
ミクちゃんも話に混ざってくる。
「でも……、カコの案もいいかもしれません」
「ミクちゃんまで何を言うんや」
「昨日、楽しかったですよね?」
「……まあな」
矢名井さんも静かに加わる。
「感情の再現……、興味深いアプローチですわ」
ワイは椅子にもたれかかった。
非合理で、意味がなくて、でも楽しいもの……か。
「……ちょっとだけ、やる気出てきたわ」
カコが笑う。
「単純ッスね」
「うるさいわ」
ミクちゃんも笑う。
矢名井さんも、ほんの少しだけ微笑んだ。
その後、ワイは気づいた。
会社は相変わらず地獄で、仕事も理不尽や。
せやけど、昨日みたいな時間が確かにあった。
そんなかけがえのない時間があるだけで、ほんの……ほんの少しだけ、この世界は幸せなのかもしれへんな。
――まあ、明日も普通に地獄やけどな。
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