09.ザンテツの死の真相
――ピピピピッピピピピッ♪
スマホのアラームが鳴っている。
時刻は六時。 今日は四月二十一日の金曜日。
人間ってのは毎朝同じ時間に起き続けると寿命が削られていくらしい。
「さてと、今朝もニュース見ますか……」
『政府は本日、働き方改革のさらなる推進を発表しました』
なるほどなぁ。
働きにくいブラック企業から、働きやすいブラック企業へと改革を進めとるんやな。
「カコ、先に会社行っとるで。
もう少し寝ててもええが、八時までには来いよ〜?」
◇
仕事に没頭していると、時刻は午後八時になっていた。
お偉いさんや他部署はとっくに帰宅して、ワイとミクちゃんとカコだけが会社に残っていた。
「……」
沈黙。
ミクちゃんとカコはもう五日も経つのに、まだ睨み合っとる。
気まずくなったワイは言葉を発してしまった。
「なぁ……」
二人が同時にこっちを見る。
「なんですか?」 「なんスか?」
「ワイ、地球の運命背負っとるん?」
二人は同時に答えた。
「はい」 「そうッスね」
ワイは頭を抱えた。
「いやいやいや、ブラック企業のおっさんが背負うスケールちゃうやろ」
ミクちゃんが申し訳なさそうに言った。
「……すみません」
「いやミクちゃんのせいちゃうやろ」
するとカコが横から言った。
「いや半分ミクのせいッスよ」
「おいカコ! そんな言い方せんでも……。
いや、そこはどうでもええ。
もっと根本の話や」
ワイはカコの方を見た。
「なんでワイ、トラック轢かれへんかったん?
その記憶を持ってること自体がバグなんやろうけど……、そこからワイの人生おかしくなったんや」
部屋が少し静かになった。
そして、カコが肩をすくめて言った。
「偶然ッス」
「いや、軽過ぎるやろ!」
「それなんスけど……、おじさんがトラックに轢かれる瞬間、私は過去改変をしてたんス」
「何を?」
「埼玉の交通事故ッス」
「それ関係ないやん。
ワイがトラックに轢かれるはずだったんは、ここ東京やで?」
「いや、それが関係あるんスよ」
カコは指を立てた。
「過去改変すると、思いもよらない場所同士で因果が少しズレるんス」
すると、ミクちゃんは驚いたような表情をして会話に混ざってきた。
「ねぇカコ。
ザンテツ課長がトラックに飛び込んで自殺した時、アナタも事実改変をしてたの……?」
「自殺……?
おじさんは不注意でトラックに轢かれたんスよ?」
「違うわ! あの日……、ザンテツ課長はブラック企業での労働に疲れ果てて、トラックに飛び込んだのよ!」
……なんや、ミクちゃんが言ってた自殺ってトラック事故の事だったんか!
でも、ワイ自身の事やけど、あの時どんな気持ちで轢かれたんか、ハッキリ覚えてへんわ。
「おじさん、あの日なんで道路に飛び出したんスか?」
ワイは少し考えた。
「……その時の気持ちは、あんまり……覚えてへん」
カコが眉をひそめる。
「いやいや、そんな訳ないッス」
「いやホンマやって」
ワイは天井を見た。
「確かに、仕事はしんどかった。
歳下の鈴香部長には怒鳴られるし、残業は終わらんし、給料は安いし、家帰っても一人やし……。
ほんでな、信号待ちしとったらトラックが来たんや」
その時の光景が、頭に浮かんだ。
夜の道路。 ヘッドライト。
ゴォォォォ……、というトラックのエンジン音。
「……でも、自分で死のうと思って飛び込んだんか、疲れてふらついて飛び出しちまったのかは、覚えてへん」
それを聞いたカコは勝手に納得したように言った。
「過労死ッスね」
それを聞いたミクちゃんは反論する。
「違います」
カコが睨む。
「いや、過労死ッス!」
「いいえ、違います!」
ミクちゃんの声が強くなる。
ワイは二人を見た。
「……なんや、また喧嘩か?
てか、二人は“幸福の総量”が見えるんやろ?
今一度ワイの見てくれや」
そう提案すると、ミクちゃんは「なるほど」と言わんばかりの合点ポーズを取った。
直後、ミクちゃんの目が輝き、ワイを見つめた。
「ほぉら、カコ。
ザンテツ課長は人生の九割が不幸よ?
あの日以降働かなくてもいいブラック企業で十年も働かされているんだもの、当然よ!」
カコも目を輝かせ、ワイを見つめている。
「何言ってるんスか、ミク。
おじさんは人生の九割が幸福って見えるッスよ?
あの日、交通事故で亡くなるはずだった人が今も生き続けてられるんス、当然ッス!」
二人の主張が食い違う……。
「これ……、またバグやないんか……?」
ミクちゃんは頭を抱えた。
「はぁ……。
こんなバグの対処法、学校で習ってないわよ……」
ワイは二人の方を見て、尋ねた。
「……つまり、とりあえずはワイがトラックに轢かれる瞬間に、過去と未来が同時に改変されて死の運命から解放された……?
それって、めっちゃレアなんちゃう?」
カコが言う。
「宇宙レベルでレアッス」
ミクちゃんも言う。
「私も聞いた事ないです」
ワイは頭をかいた。
「ワイ……、ついでに助かっただけ?」
「はい」 「そうッス」
ワイは天井を見た。
「なんやねんそれ……。
ワイが今生きてるのって、何かのついでなんか……」
カコが笑う。
「おじさんらしいッス」
ミクちゃんは真剣な顔になった。
「でも問題はそこだけじゃないんです。
普通なら因果がズレても、人間は気づきません。
でもザンテツ課長は、薄っすらながら改変前の記憶が残ってしまう事があります」
「おじさんの頭みたいに薄っすらッスけどね」
「やかましいわ!
でも、それも問題なんやな?」
カコが腕を組んだ。
「過去改変も未来改変も、普通は何も無かったかのように行われるんス」
ミクちゃんが続ける。
「でも課長は、改変前の世界を覚えてしまっている事がある」
ワイは言った。
「それも……、バグって事かいな」
ミクちゃんが静かに言った。
「はい。 そして、このバグは宇宙検閲官に見つかりました。
それに、こないだ課長の部屋の玄関先でも話した件もです。
私とカコの“幸福の総量”の調整が未熟だったために、この地球全体の幸福度は低い値となって完全にバグ扱いなんです」
「なるほどな……。
ほな、この三人で責任持って地球救わなアカンな」
「そうですね」 「そうッスね」
「よし、それじゃまずは目の前の仕事を片付けるで!」
「「おー!!」」
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