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虚飾の歴史に、夢は解けて。――二人の罪人は再演の旅を  作者: はる
【第一章】二人の罪人

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第七話:かつての居場所、新たな居場所

ついに訪れた決別の時。

王国最強の結界を前に、サラが選ぶ道とは。

森を抜け、北へと続く唯一の街道。

その入り口となる切り立った峡谷の関所に、彼女を待っていたのは「かつての居場所」だった。


 空を覆うのは、淡い金色の幾何学模様。

聖教が異端を殲滅する際に展開する大規模遮断結界。

 ――「聖域の檻」だ。


「……うそ、でしょ」


 サラの呟きは、冷たい風にかき消された。

 王都を出てから、まだそれほどの時間は経っていない。

 移動距離も決して長くはないはずだ。それなのに。


(……こんな短期間で、聖教がここまで動くなんて。私は、まだ何もしてないのに……!)


 速すぎる包囲網と異常過ぎるほどの軍の数、魔術規模。

 その結界の外から、整然とした足音と共に重厚な鎧を纏った騎士と魔術師、更には聖教の魔術師までもが姿を現した。

 その中心に立つのは、見紛うはずもない青年、カイルだった。


「国家反逆を目論む魔女よ。そこまでだ」


 カイルの声には、かつてサラに向けていた親しげな響きは微塵もなかった。

 彼は胸元の聖教の勲章を誇らしげに掲げ、冷徹に言い放つ。


「あなたが守ってきた民は、今や広場に集まり、あなたの処刑を声だかに求めている。裏切り者の死こそが救いだと、彼らは涙を流して叫んでいるのですよ。あなたが積み上げた功績も、王宮の記録からはすべて抹消された。今のあなたは、名もなき罪人だ」


 サラの指先が、激しく震えた。


 信じていたもの。国と民のために捧げてきたこれまでのすべてが、組織の都合一つで泥にまみれ、かつての守護対象から殺意を叩きつけられる。


「さあ、その化け物をこちらへ渡しなさい。そうすれば、情け深くも聖教は、あなたの命だけは『浄化』という形で救ってくださるでしょう」


 カイルの手が、冷たく合図を送る。結界の密度が上がり、呼吸が苦しくなるほどの圧迫感がサラを襲う。

彼女は膝をつきそうになり――けれどその時、隣に確かな「熱」を感じた。


 ファルが、静かに彼女の隣に立っていた。

 昨夜と同じ穏やかな眼差しの中に、サラがどう行動しても受け入れるという意志が見えた気がした。


 サラは震える手で、自らの胸元に触れた。

 魔術師の証として誇らしく身につけていた、王立魔導院の銀の紋章。

 国王から贈られたそれを、彼女は迷いなく引きちぎった。


「貴様……!? 何を……っ」


 カイルは息を呑んだ。


 地面で砕け散った銀の紋章は、彼らが共に研鑽を積み、王国への忠誠を誓い合った証そのものだった。

 それを躊躇なく投げ捨てたサラの瞳には、もはや未練の欠片も宿っていない。


 その事実が、カイルのプライドを激しく逆撫でした。


「やはりか! そんな化け物の側に立ち、国を、平和を脅かすのだな!」


 そんなカイルの叫びは、もうサラの耳には届いていなかった。


「ファル、私、決めたよ」


 サラの声は、もう硬い仮面で覆われてはいなかった。

 どこか幼く、けれど自分の足で立つことを決めた一人の少女の、剥き出しの意志。


「……道を作って!」


 隣に立つ彼を見上げると、ファルは愛おしげに目を細め、深く、優しく頷いた。


「承知しました。……それでは、折角の旅立ちですし、本当の魔術をお見せしましょうか」


「旅立ち……」


 まるでめでたいかのような場違いな言い回しなのに、サラは何故か嬉しくなる。


「いきますよ」


 ファルが静かに一歩、前へ出た。

 その声は穏やかなまま、どこか遠い深淵から響いてくるような、抗いようのない重みを帯びていた。


 天から金色の雫が滴った。


 それと同時にファルの背後から噴き出したのは、まばゆいばかりの「黄金の奔流」だった。

 それはまず、空を覆う「聖域の檻」へと届く。

 

「な……っ!? 術式が、書き換わって……!? 結界が………っ」


 カイルの顔から血の気が引いていく。

 聖教が誇る絶対の術式は、その光に触れた瞬間、抵抗することさえ許されず、より巨大で緻密な黄金の紋様へと強制的に書き換えられていく。


 そこにあるのは破壊ではない。


 ファルの放つ光が、聖教の術式を「本来あるべき上位の姿」へと昇華させ、光の粒子を舞わせていた。


 春が訪れたような暖かい魔術。


 それはまるで、子供が憧れる綺麗な魔術。


 そのあまりに美しく、理不尽なまでの格の違いに、騎士たちの誰もが目を奪われ、戦意を削がれていく。


 続いて、ファルがただ真っ直ぐに視線を向けた。

 彼が足を踏み出すたび、大気が水面のように揺らぎ、不可視の波紋が空間そのものをぐにゃりと歪ませていく。


「な……近づけない……? 空間が、拒んでいるのか……っ」


 カイルは戦慄した。

 道を阻む関所の巨石も、鋼鉄の盾を掲げた騎士たち、魔術師たちも、その歪みに飲み込まれるようにして、あるいは道を開ける臣下のように、音もなく滑らかに左右へと退いていく。


 ――違う。


 退いているのではない。退かされているのだ。


 爆発音も、土煙すらも起きない。

 ただ、黄金の残光が舞う中、呆然と立ち尽くす騎士たちの真ん中に、関所を貫く真っ直ぐな道が、最初からそこにあったかのように完成していた。


「……すご……」


 サラは息を呑んだが、すぐに前を向いた。

 背後でカイルが震える手で剣を抜き、再び呪詛を吐くが、その声すら光に飲まれる。

 

 彼らが掲げる魔法の武器も、ファルが作り出した光の粒子に触れただけでその機能を失い、昇華され光の粒子に変わっていく。

 

 まるですべての事象が、サラの旅立ちを祝福するために再編されているかのような、不思議な世界。


 凪いでいた世界が、やがて風の音が鋭さを増しはじめる。

 足元の石畳は途切れ、剥き出しの岩肌と、凍てつく土が広がる荒野へと景色が変わる。


 振り返れば、遠くに見える関所の灯火は、もう砂粒のように小さい。


「……もう、戻れないね」


 ぽつりと漏らした言葉。


 けれど、その瞳に絶望の色はなかった。彼女は砕いて捨てた過去ではなく、目の前に広がる真っ白な地平を見据える。


 サラは隣を歩くファルを振り返り、自ら一歩、深い雪の中へ踏み出した。

 その足は、驚くほど軽かった。


「ファル、行こう!」


 彼女の晴れやかな決意に、ファルは優しく微笑むと、揺るぎない声で応じた。


「はい」


 サラは、紋章の重みが消えた胸元を、そっと手で確かめた。

 心細さは消えない。

 けれど、自分の意志で選んだ「居場所」と共に、彼女は力強く雪原へと歩み出した。


 そこは、王国の光も届かない、未知という名の自由だった。

第七話をご覧いただきありがとうございます。

これまで国のために、民のためにと自分を押し殺して戦ってきたサラが、ようやく自分の意志で前を向きました。

そして、物理的な破壊ではなく、世界が道を譲るというファルの圧倒的な力……。カイルたちからすれば、まさに「理解不能な絶望」だったに違いありません。

「かつての居場所」を捨て、「新たな居場所」と共に雪原へ踏み出した二人。

ここからは世界を相手に、二人だけの逃避行が始まります。

もし「二人の旅を応援したい!」「ファルの力が凄まじい!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります!

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