第三十四話:絶たれた再演は新たなる再演へ
窓の外、灰色の空は変わらずに街を包み、小雨が何かを洗い流すように、窓を伝う。
そんな窓に写るサラは、怯えと後悔でファルの袖を掴んだまま、膝を抱えていた。
「サラ、濡れたままでは風邪を引いてしまうだろ」
サラはただ首を横に振り、黙り込む。
固く閉じられた唇は、何かを拒絶している。
それに、溢れ出しそうな感情を必死に堰き止めているようでもある。
肩が当たると、僅かにサラの体重がファルに寄りかかる。
風に飛ばされてしまいそうな程に、軽い重さ。
「サラ、少しだけ話をするから。…聞きたくないなら、途中で遮ってもらって構わない」
サラは、否定も肯定もせず黙っている。
ただ、掴んでいる袖に込められた力が、ほんの少しだけ強くなった。
袖を掴んでいる冷たい手。
雨に濡れた髪。
肩に寄りかかる小さい温もり。
ファルは、一つ一つ忘れないようにしているかのように、寄り添う。
「…一番、最近はどれだけ前だったか。もう覚えていないんだが――」
ファルはゆっくりと語りだした。
自ら見てきた者達を。
自ら置いてきた者達を。
自分を置いてった者達を。
――多くの、だが、ただ一人の少女がいた。
年端も行かぬ少女は、容姿にも才にも恵まれていた。
青みがかった銀の髪、蒼い瞳。
それは、『留まった世界』に、繰り返される悲劇の色。
何度も。
何度も。
何度も。
その傍らには、必ず、黒髪に黒い瞳を持った青年がいた。
ただ守りたい。
それだけだった。
だが、何度繰り返しても何も変わらない。
それが『神』の残した『執着』で、『停滞』だった。
何度、死を見てきただろう。
何度、期待して裏切られただろう。
何度……裏切ったのだろう。
赤く染まる彼女。
恐怖に染まる彼女。
後悔に染まる彼女。
その度に、『うそつき』、『化け物』と罵られた。
少しずつ、何かが欠けていった。
気付いたら、怒ることも、悲しむことも忘れていた。
だから、また同じだと思っていた。
それで良いと思っていた。
守りさえできれば、それで良いのだと――。
窓の外、雨は変わらずに優しく街を濡らす。
窓を濡らしているその無数の雫が、ファルとサラの二人を写す。
ファルの語る物語の数のように、一粒一粒落ちていく。
静かに、けれど残酷に重なり、混じり合っていく。
ファルが語り終えた頃には、雲が裂け、星の瞬きが覗いていた。
ファルが、サラの小さい肩に少しだけ寄りかかる。
それは、ファルが見せた信頼か、甘えか。
「俺は、どうすればよかったのかな…」
それは自問自答であり、「彼女達」への投げ掛けであり、サラへの投げ掛け。
「…ファルは、ファルのままで良かったんだよ」
同じ重さで寄りかかる二人。
少しだけ、ファルが重くなる。
「それに、私は…どこにも行かないって、言ったよ。…何回も、言わせないでよ」
サラの言葉が、静まり返った室内で柔らかな波紋を描く。
これまでファルを罵り、恐怖し、置いていった「彼女たち」の言葉とは正反対の、静かで優しい、強い意思。
「ああ。そうだな…すまない」
ファルは、傷の消えない手を握り、ゆっくりと、開いた。
サラは、顔を少しだけ上げた。
その目は、確かな想いが宿っている。
「約束、絶対に破らない…」
雨水に濡れた窓を夜風が撫でる。
無数の雫は落ち、窓と、一雫の雨水だけが二人を写していた。




