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虚飾の歴史に、夢は解けて。――二人の罪人は再演の旅を  作者: はる
【第三章】再演への道

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第三十話:嘘は青鈍色に染まる

 潮風が全身を撫で、波の揺れが心地よい眠りを誘う。

 けれど、サラは客室の寝台で縮こまっていた。


「気持ち悪い…なんとかして…」


「船酔いも経験のうちですよ」 


 人生の終わりのような顔をしているサラを横目に、ファルは気持ち良さそうに本を読んでいた。

 まもなく日が沈むという時間、淡い琥珀色の光がファルを照らしている。


「…ファル…絶対自分だけ何かしてるでしょ…」


 サラは疑うような目付きでファルを睨むが、ファルは気にした素振りも見せずに笑顔を称えた。

 その笑顔は、どこか儚い。


「心外ですね。長旅していれば船にも乗りますから。…船酔いなんてしませんよ」


「そっか…そうだよね……」


 ファルは一度立ち上がり、寝台で横になるサラの前で屈み、目線を合わせた。


「本当に苦しそうですね…」


「ぅん、もう嫌だ……早く降りたい」


 軽く呻きながらサラが目を閉じると、ファルがサラの額に手を翳した。

 するとら額に微かな冷たさを感じて、胃の奥から沸き上がる不快感が和らいでいく。


「…気持ちいい」


「少しだけ、眠れるようにしてあげますね」


「それ…凄い、贅沢な力の使い…か、た」


 サラは不思議な程に深い眠り誘われていく。

 ファルはそっと立ち上がり椅子に座り直す。


「贅沢、か。俺は、こんなものより…」


 

 ファルの静かな独白が、眠りに落ちる直前のサラの意識の端に、波音とともに溶け込んだ。


 深い寝息を立て始めたサラを確認すると、ファルは手元に置いていた本を閉じ、窓の外へ視線を向けた。


 ファルは自嘲気味に呟き、傷の残る自身の指先を見つめる。

 ファルは軽く掌を握り、星が輝き出した藍色の空を、窓から見上げた。


 寝台に沈み込むような、底知れない安らぎ。

 先ほどまでサラを苦しめていた胃の不快感や、平衡感覚を狂わせる波の揺れは、ファルの底知れない力で遠い記憶の彼方へと追いやられていく。

 

「サラ…おやすみ」


 長めに息を吐き、まるで自分を抑え込むように目を閉じた。


 

 ――それからどれほどの時間が過ぎたのか。

 ふとした揺れの衝撃に、サラの意識がゆっくりと覚醒の淵を浮上してきた。


「……ん……」


 重かった瞼を押し上げると、視界に入ってきたのは客室の低い天井だった。


 驚くほどに体が軽い。

 あれほど喉元まで迫っていた不快感が消え、揺れも気にならなくなっていた。


「……ファル?」


 掠れた声で名を呼ぶと、窓際に座っていた影が静かにこちらを振り向いた。

 月明かりに揺れたその姿は、まるで溶けてなくなってしまいそうだ。


「目が覚めましたか」


 椅子から立ち上がったファルが、音もなく寝台の傍らへ歩み寄ってくる。

 サラは上体を起こし、自分の胸元に触れた。


「……嘘みたい。あんなに気持ち悪かったのに、全然平気」


「それは良かった。慣れてしまえば、嵐でも来なければ大丈夫ですよ」


 そう言って微笑むファルの顔は、いつもの穏やかなファルだった。 


 けれど、眠りに落ちる直前に聞いた、あの押し殺したような声。

 自分を抑え込むように閉じた瞳の残像が、サラの胸の奥に小さな棘となって刺さっていた。


「ねえ、ファル。…私はさ、ありのままだよ?」


「急にどうしたんですか?」


 サラは赤茶色に染まっている瞳で、ファルを逃がさないように見つめた。


「ずっと、うそついてる」


 ファルはほんの一瞬だけ視線を泳がせ、それから困ったような、いつもの笑顔を浮かべた。


「……そう、かもしれませんね」


 サラの視線から逃げるようにうつむき、床に視線を落とす。

 それは、何かを迷うような、行き場がないような表情。


「もう、やめようよ。そんなうそ」


 サラはそっとファルに近づき、ファルの顔を覗き込んだ。

 責めるでもなく、哀れむでもない。

 真剣な表情。


 サラの小さな掌が、ファルの大きな掌を包む。

 ファルは怯えるように、サラに視線を合わせた。

 サラの掌に力がこもる。


「こんな力より欲しいもの、いっぱいあるよね」


 ファルの金の円環が大きく揺らぐ。

 拒絶か、それとも容認か。

 迷いを見せたその瞳を、サラは怯えることなく見据えた。


「こんな力より大切にしたかったもの、いっぱいあったよね」


 サラの赤茶色に染まっていた瞳が、蒼を取り戻していく。

 ファルは目を反らせず、サラの瞳に写る自分を見ていた。


「ファル…お願い……一人にならないで」


 ファルの瞳が激しく揺れた。

 それを隠すように瞼を閉じると、月明かりに照らされた鉛色の雫がファルの頬を伝う。

 伝った雫はサラの手の甲に、小さな温もりをかんじさせ、青く光る。


「サラは…俺よりずるいな」


 絞り出すようなその声に、サラは少しだけ驚き、やがて無垢な笑顔を浮かべて、自身の瞳からも雫を溢れさせた。


 二つの雫は混ざり合い、青鈍色に煌めいてた。

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