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虚飾の歴史に、夢は解けて。――二人の罪人は再演の旅を  作者: はる
【第三章】再演への道

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第二十九話:終わりの蒼・始まりの蒼

 長い坂道の向こう、視界がいきなり開けた。

 風に乗る潮の香りは、眼下の街の喧騒も一緒に運んでくる。

 日の光りを跳ね返す水面は、街の賑わいを写した鏡のように楽しげに踊る。


「海…やっぱり綺麗だよね」


 サラは、久しぶりだの海に少しだけ見惚れてから歩きだす。

 その表情は幼く見える。


「ハヴァーヘルには来たことはあるんですか?」


「一回だけ、任務でね」

 

 サラは目を細めて、ハヴァーヘルを見つめる。

 それは、日の光の眩しさのせいではない。

 何かを思い出すような、寂しげな表情。


「そうですか。なら、街はそんなに詳しくはないですか」


 ファルはサラの表情を見ても、敢えて深追いはせず、ただ隣を歩く足取りを緩めて流す。


「うん。…半日もいなかったから」


「では、今回は少しだけのんびりしましょうか」


「え?良いの?」


 そう言って立ち止まったサラの額に、ファルが手を翳す。

 すると、サラの銀の髪と青い瞳が、ゆっくりと赤茶色に染まる。

 続いて、ファルの黒い髪や瞳も濃灰色に変わり、どこにでもいる少女と青年に変わる。


「王都でも見たけど、やっぱり不思議…。ファルはやっぱり黒が似合うよね」


 サラは不思議そうに自分の髪を指を絡め、上下に動かして観察ししながら歩きだした。

 まるで子どもが玩具を見つけた時のように楽しんでいる。

 ファルは、そんなサラを楽しげに見つめている。


「今、少し馬鹿にしてるでしょ?」


 サラが目を細めながらファルを睨むと、ファルは少しだけ目を反らす。


「…気のせいですよ」


「…ほら、やっぱり!…うそつき」


 サラは少しだけ口を尖らせた後に笑って見せた。

 ファルは少しだけ困ったような笑顔で返す。


 ハヴァーヘルに近づくにつれ、潮の香りは濃くなり、船乗りたちの粗野な笑い声、商人の活気ある声が二人を包み込んでいく。


 街の入り口には、王都ほどではないが厳しい検問が敷かれていた。

 その片隅には、やはり王都で見た手配書。


「またこれか…でも、何で村には手配書がないのかな」


 サラが素朴な疑問に首をかしげる。


「アステリアが手配書を回しているわけではないですからね」


 ファルのその答えに、サラは影を落とした。


「そっか、教会だもんね。主要都市や街は全部こんなか…」


「まあ、今の私たちにはあまり関係ないですけど」


 ファルが小さく笑いながら、他人事のように言う姿を見て、サラはため息を吐く。

 

 そうこうしているうちに順番となる。


「次!」


 兵士の大きい声に、ファルは苦笑いを浮かべながら歩みでた。


「以前より随分と厳しいんですね?」


 ファルがまるで旧知の仲であるかのように声をかけると、兵士は目を見開き、直ぐ様に破顔した。


「兄ちゃん!久しぶりだな!今回は何のようだ?」


「ルヴィエラに観光しに行こうかと思いまして」


 話についていけないサラは二人の顔を不思議そうに交互に見ている。

兵士の視線が、首以外固まっているサラへと向いた。


「おや、そっちの可愛い嬢ちゃんは? 前に来た時は一人だったじゃないか。もしかして――」


「妹です」


 ファルが兵士の言葉を遮ると、少し納得の行かない顔で、ファルとサラの顔を見比べた。


「似て…ないな」


「腹違いでして」


 兵士は申し訳なさそうに首に手をあてて笑いだす。


「詮索はいかんな。すまん!通っていいぞ」


「ありがとうございます。それではまたいずれ」


 二人は慣れた足取りで検問を抜け、ハヴァーヘルの濃密な喧騒の中へと紛れ込んで行く。

 人混みに紛れたのを見計らって、サラはファルの袖をぐいっと引っ張り、声を潜めた。


「ねえ、ファル。 なんで知り合いなの? それに…」


 少しの疑問と、少しの不満を滲ませたサラの顔に、ファルはまるで気にした様子もなく答える。


「サラと出会う前に、暫く滞在していたので、顔見知りぐらいいますよ?」


「滞在…なんで?」


「暇潰し、ですかね」


「暇潰しって……。兵士と仲良くなるって、どれだけいたの」


 不服そうに唇を尖らせるサラに、ファルは周囲の喧騒に紛れるような低い声で笑った。


「それよりサラ、そんなに私の顔を覗き込んでいると、危ないですよ」


「えっ……」


 ファルに肩を抱き寄せられると、威勢のいい声とともに、魚の山を積んだ荷車がすぐ傍を通り過ぎていく。


「ごめん…気を付ける」


「はい、お願いします」


  サラは気を取り直し、潮風に煽られる色鮮やかな旗が並ぶ市場の奥へと進んでいった。

 王都の整然とした市場とは違い、ここは石畳の隙間に潮水が滲み、海産物が並ぶ。

 叩き売りでもしているのかと思うほど大声で客寄せをする店主たちを横目に通り抜ける。


 すると、市場の喧騒とは違う賑やかさが、サラの視界を埋め尽くす。

 衣服はもちろん、装飾品や武器まで、様々な店が並んでいた。


 そんな中、一際注目集める店が目に止まる。


「宝石かな?」


「覗いて見ますか?」


「うん!」


 サラは嬉しそうに駆け寄ると、まるで時が止まったかのように動きを止めた。

 ファルが横から覗き混むと、そこには鮮やかな深い海を閉じ込めたような美しい蒼い宝石をあしらった首飾りがあった。


「ファル、これ、凄い綺麗だよ…」


「藍方石ですか。珍しいですね」


 サラは、欲しい玩具を前にした子どものように全く動かなくなってしまった。

 そんな二人を見て店主が声をかける。

 

「一目で藍方石だと分かるとは、旦那様はお詳しいのですね」


「多少知識があるだけですよ」


 サラはそんな二人を全く気にも止めず、ずっと首飾りを見ている。

 ファルはサラにバレないように店主に手で合図を送ると、店主はファルの背後に回る。

 ファルから小包を受け取った店主は、深く頭を下げて店の奥に下がっていった。


「サラ?行きますよ」


「え、あ…うん…」


 首飾りから視線を剥がすのに、かなりの後ろ髪を引かれる思いだったのだろう。

 サラは何度も店を振り返りながらも、促されるままにファルの隣へと戻った。

 その足取りはどこか重く、先ほどまでの無邪気な明るさが少しだけ影を潜めている。


「余程気に入ったんですね。明日も見に行きますか?」


「ん…いいや。無くなってたら逆に辛いし、出発しちゃお」


「……そうですか。それは残念ですね」


 少しだけ重くなったサラの足取りに合わせるように、ゆっくりと歩き出した。


 市場を抜け、潮の香りが一層濃くなる港。

 積み荷を下ろす男たちの荒々しい声や、潮風に吹かれる帆の翻る音が近づいてくる。


「……ねえ、ファル。さっき言ってた暇潰し、本当は何をしてたの?」


 サラは、空いた心の隙間を埋めるように問いかけた。

 赤茶色に変わった髪が風に踊り、彼女の横顔を隠す。


「言葉通りの意味ですよ。食を楽しみ、芸術を愛でる」


「……贅沢な暇潰しだね」


 サラは少しだけ羨ましそうに笑った。


 やがて、二人の前には大きな帆船が姿を現した。

 ルヴィエラ行きの大型旅客船。

 夕陽を浴びて黄金色に輝く船体。


 乗船の手続きを済ませ、多くの旅人や商人の波に紛れながら、宛がわれた客室で息をついた。


「……船旅か。初めてだからちょっと怖いかも」


 サラが客室の窓から、遠ざかる陸地を眺め小さく呟く。

 

「では、怖がらなくて済むおまじないをしてあげますよ」


「なにそれ?」


 サラは小馬鹿にしたように笑うが、ファルは気にした様子もない。


「では、手を出してくれますか?」 


 ファルが懐から取り出し、サラの掌に置いたのは、掌に収まるには少しだけ大きい小箱。


「……箱?」


「開けて下さい」


 ファルが少しだけ悪戯気味の笑顔で促すと、サラはぎこちなく包みを解く。

 そこには夕暮れの残光を吸い込んで、さらに深く、鮮やかに煌めく蒼い首飾りがあった。


「……あ。……っえ…え?」


 サラの手は震え、ファルを見れば良いのか、首飾りを見れば良いのか分からず上下していた。


「お気に召しませんか?」


 ファルは悪戯っぽく目を細めて、困ったような笑顔を見せた。

 サラは勢い良く首を横に振り、首飾りを胸に抱きしめた。

 きつく瞼を閉じて、今の感情を噛み締める。


「……やっぱりファルはずるい」


「褒め言葉として受け取って起きますね」


 サラはこみ上げる笑いを抑えきれず、花が綻ぶように笑った。


 船がゆっくりと動き出す。

 波を切る音が大きくなり、ハヴァーヘルの街が次第に小さくなるにつれて、視界は夕焼けの琥珀と、海の青に染まる。

 サラは首元で揺れるもう一つの海を指先で撫でる。

 心の中でアステリアに別れを告げながら。

藍方石とはアウイナイトという実在する石です。

是非調べてみて下さい。



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