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虚飾の歴史に、夢は解けて。――二人の罪人は再演の旅を  作者: はる
【第三章】再演への道

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第二十八話:継がれる琥珀は月光に褪せず

 窓から溢れる月明かり。

 長い間見つめていれば、形を変え、朝になれば消えていく。


 ファルは、サラが寝台で寝ている横で、そっとその明かりを撫でた。

 指先を通り抜ける光は、触れることのできない記憶のように冷たく、けれどどこか優しい。


 隣で規則正しい呼吸を刻む少女の横顔を見つめる。

 先ほどまでの震えるような声も、無理に作った笑顔も、今は深い眠りの底へと沈んでいた。


「……サラ、どうか泣かないで」


 ファルは、届かないと知りながら、そっと呟いた。


 自分の手を見る。

 月光に照らされたその掌には、王都で刻まれた傷跡が、どす黒い影となって横たわっている。

 それが、どうしよもなく自分を肯定してくる。


 その手の傷に触れようとした時、サラが、寝返りを打って小さく身じろぎした。

 月光が彼女の睫毛に落ち、銀色の雫のように輝く。


 まるで拭うように手を伸ばしかけた手を、静かに引いた。


「…ずっと、笑顔でいてくれますか?」


 当然、返事は無い。

 

 その言葉が溶けるように、月明かりが朝日に溶け込もうとしていた。



――朝の光、紅茶の香り。

サラがゆっくりと目を開けた視線の先には、丁寧に紅茶を入れているファルの横顔。


「おはよう。ファル」


「おはようございます」


 何度目の朝か、もう数えるのもやめた二人の何気ないやりとりだ。

 いつもと違うのは、その紅茶の香り。


「ファルが朝から紅茶、珍しい…というか初めて?」


「…かもしれませんね。…どうぞ」


 差し出された紅茶は、相変わらず祈るような手付きで入れられたものだ。

 サラは、まだ微かな熱を帯びた磁器の感触を掌で確かめ、琥珀色の波紋を眺める。


「ありがと」


 サラは少しだけ寝癖のついた髪を整えながら、紅茶に口をつけた。

 琥珀の温もりが、朝の心地よい怠さを溶かして行く。


「そう言えば、前に聞かれましたよね」


「ん?」


 サラは不意に話しかけられ、紅茶を口に含んだまま短い返事で答える。

 ファルの目は何処か遠くを見ているが、凄く柔らかい。


「この紅茶の入れ方は、祖父に教わったんですよ」


「そう、なんだ」


 意外すぎる答えに、サラは少しだけ笑みが溢れた。

 だが、次の一言は苦しく、苦い。


「もう、声も、顔すらも覚えていませんが…これだけは忘れないようにしているんです」


 柔らかい声、柔らかい視線。

 でも言葉はファルの心にしまってあるものを、雄弁に語った。

 サラは、そっと目を閉じて、紅茶の香りに身を委ねる。


「…もう、忘れても平気だよ」


 サラのその言葉で、ファルの持つ紅茶が揺れた。

 その波紋は、紅茶の優しい香りをが広げた。


「だって、私が見て覚えちゃったから、忘れても思い出せる」


 サラは真っ直ぐにファルを見つめて言った。

 

 ファルは静かに笑い、紅茶を口に運び、香りと味を全身で感じるように、ゆっくりと飲み込んだ。


「それは…助かりますね」


 朝の空気と同じように、ファルは少しだけ晴れやかな顔になっていく。

 それは、何かを諦める顔でも、忘れてしまう顔でもない。


「それにね、味も香りも、全部覚えてるから。…だから、大丈夫だよ」


 サラの素直な笑顔。

 ファルはその笑顔から少しだけ視線を反らした。


「なら、忘れても大丈夫ですね」


 少しだけ、喜びを滲ませたそんな声。

 サラはそんなファルの顔を、少しだけ眺めてから窓の外に視線を送った。

 少しだけついた寝癖を気にしながら、立ち上がる。


「そろそろ支度、しようか」


「はい。寝癖、直してあげましょうか?」


「もう。子供じゃないんだから、やめてよ」


 細やかな笑い声が、静かな宿に木霊した。



 ――懐かしい香りと味を残し、準備を終えた二人は宿を出る。


「お世話になりました」


 ファルとサラが丁寧に頭を下げると、宿の主である女性も頭下げた。

 女性の背後には、昨夜と同じ牡丹一華が、朝の光を浴びて静かに揺れている。


 宿の主は、朝日に霞んだ二人が見えなくなるまで、宿の入り口で見送っていた。

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