第二十三話:氷華は回廊に散る
氷のように冷え切った、城内に向かう回廊。
二人の足音だけが響いていたその静寂を破ったのは、沈黙していたカイルだった。
「サラ・アルヴェイン……化け物に絆されたか」
剣を握りしめ、二人の背後に立つ青年。
その声はひどく震えていた。
圧倒的な力への怯えと、王宮の魔術師としての誇りを捨てたかつての同僚への軽蔑。
そして、理解の及ばない存在に対する憎しみが入り混じっていた。
しかし、サラは怯まなかった。
かつてカイルと共に王都の平和を守っていた「サラ」は、もうここにはいない。
サラは、ファルを庇うように一歩前へ出ると、静かに、けれど強い怒りを込めて言い放った。
「カイル……この人を、化け物なんて言わないで」
その瞬間、サラの目を見たカイルを、恐怖に似た寒気が襲う。
「……っ!」
サラの瞳には、ただの十七歳の少女とは思えない、深くて重い光が宿っていた。
それは物理的な強さではない。
圧倒的な孤独を知り、世界の真実に触れ、「個」として立つ揺るぎない覚悟。
カイルは思わず一歩後ずさった。
まるで、サラの背後に立つあの化け物——ファル自身に見据えられたような、得体の知れない重圧を覚えたのだ。
「その目……。やはり堕ちたか! そいつはアステリアを、いや世界を壊す化け物だぞ!」
カイルの叫びが回廊に木霊する。
ファルは何も言わない。
ただ、自分を庇うように立つ小さな背中を、少しだけ驚いたような、そして眩しいものを見るような黄金の瞳で見つめている。
「貴方が、世界が、私をどう言おうと構わないよ。でもね、たかが一人の『人』に、ファルを化け物なんて言わせたくないの」
サラの手に、蒼い光が集い始める。
それはかつて王城で教えられた、決められた術式の光ではない。
サラ自身の魂の形をなぞるような、純粋で美しい蒼銀の輝きだった。
その光は、以前ファルが放った黄金の奔流に酷似していた。
「なんだそれは…その光は…」
そんなカイルの動揺を無視して、サラは言葉を紡ぐ。
「彼は一人で傷ついて、一人で全部背負おってきた、ただ不器用なだけの…『人』よ。……カイル、そこをどいて。私は、真実を知りたいの」
カイルの剣先が小刻みに震える。
目の前にいるのは、自分が知る真面目な魔術師の少女ではない。
化け物に寄り添い、まるで自らも堕ちようとしている。
そんな、一人の美しくも恐ろしい『存在』。
「ど…退くわけがないだろう!」
カイルは威嚇するように必死に構える。
だが、サラはそんなカイルに哀れみのような視線を向けた。
「貴方は邪魔なの。…ごめんね」
カイルが知っているサラの言葉ではない。
かつてのサラなら、どれほど対立しても自分の安否を気遣ったはずだという甘い期待が、カイルの行動を致命的に遅らせた。
サラが作り出した蒼い光は、カイルを貫き、氷でできた小さな小手毬の花を散らすように、儚く消えた。
「な……っ」
あり得ない。
カイルは霞む意識の中で、過去のサラを思い出した。
自分が信じていたサラは強くとも、もっと温かくて、脆いものだったはずだ。
だが、向けらたものは、何もかもが…冷たかった。
どこかで高を括っていたのだ。
サラは自分を本気で攻撃することはない、と。
床に叩きつけられ、指一本動かせなくなったカイルの耳元に、冷徹なまでに静かなサラの声が届いた。
「大丈夫、殺さないよ。…ねえ、カイル……もう二度と、会えないと良いね」
それは慈悲であり、完全な決別だった。
サラは一度も振り返ることなく、再び歩き出したファルの隣へと寄り添う。
「行こう。ファル」
サラのその言葉が木霊し、二人の背中が闇に溶けていく。
カイルはただ、絶望と共に眺めることしかできなかった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
小さな氷の花が散る。
サラが一緒に散らしたものとは…




