第十六話:願う心、祈る心
サラの家族との再開を見届けたファルは、一人村の外へ。
静寂の中で零すものは…
サラは今、ほんの一時の安心と安らぎの中にいる。
そして――。
そんなサラの心境を思い浮かべながら、ファルは一人、街道からそれた楡の木陰に腰を下ろす。
漆黒の衣は、彼という存在を世界から切り離したかのように、景色から浮き上がっている。
ふと、掌を見つめる。
最後に握ったソフィアの手の感触が、鮮明に甦えった。
燃え尽きようとする焚き火のように、ゆっくりと冷たくなっていったソフィアの温もり。
数千年という時を経ても、決して消えることのない、魂に刻まれた冬の記憶。
「ソフィア……俺は、どうするべきだったんだろうな」
返答などあるはずがないのは分かっている。
だが、問いかけずにはいられないのだ。
ただ、サラを守ることだけもできた。
彼女を隠し、何も見せず、教えず、一人の少女として、この温かな村で一生を終えさせることも。
なのに、真実の一端を見せてしまった。
世界の外側、神を喰らった代償、そして逃れられぬ永劫の孤独。
だから、サラは決意してしまったのだ。
『貴方を殺してあげる』と。
その決意が真に何を意味するのか。
今のサラはまだ、それを知らない。
救済とは、時に救う側をも破壊する劇薬であることを。
自分という「孤独」を殺すために、彼女が何を差し出さねばならないのかを。
真実の全貌を知ったとき、彼女は――。
悲しむだろうか。
怒るだろうか。
それとも…。
――俺を恨むだろうか。
深く息を吐いた。
こうして意識的に空気を肺に満たさなければ、内側から溢れ出す後悔に押し潰されそうだった。
「……俺は、結局のところ、寂しかっただけなのかもしれないな」
自嘲気味な呟きが夕日に消える。
サラといういつかの約束の相手を追い、一方的な想いで彼女をこの運命に巻き込んだ。
挙げ句、彼女の純粋な決意に甘え、その残酷な決意を「嬉しい」と思ってしまった。
「やはり、俺は『うそつき』だな……」
村の扉の向こう、サラは家族の愛に包まれているであろ。
本来であれば、彼女がこの「日常」を諦める必要などなかったのかもしれない。
もし今ここで、彼女の決意が揺らぐならそれでも良いとすら思う。
何れ、すべてを知った上で自分を拒絶するのも構わない。
その時こそ、自分は本当の意味で人として、この世界から弾かれるべきなのだろう。
かつて、神はソフィアの魂に執着していた。
「俺も、似たようなものか」
自嘲する笑みを浮かべながら目を閉じると、サラの無垢な笑顔が浮かんできた。
振り払うように目を開け、遠くで瞬く村の小さな灯火を見つめる。
「ソフィア、君の命を守れなかった。守りたかったのに……」
周囲には誰もいない。
震える声を受け止めてくれる者もいない。
だが、言わずにはいられなかった。
「今度こそ……なのに俺は、サラの心を守ってやれないかもしれない……」
目から、大粒の涙が一筋だけ頬を伝ったのが分かる。
濡れた頬を拭うことすらせず、夜を待つ風に身を委ねた。
「サラ……俺は、君の明日を、奪いたくはないよ」
今日という永遠は、夕日に照らされても尚、その姿を黒い衣で包んでいる。
自分の漆黒の衣を強く握りしめた。
戻ってきてほしいと願う心と、どうか戻ってこないでくれと祈る心。
その二つに引き裂かれながら、ただの「うそつき」として、静寂の底へと沈んでいく。
守りたいと願いながら、その心を壊してしまう矛盾。
初めて、ファルが独白で本音を溢し、彼の一面が垣間見えました。




