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虚飾の歴史に、夢は解けて。――二人の罪人は再演の旅を  作者: はる
【第二章】大罪への道標

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第十四話:安寧は大罪人に抱かれ

 平穏な空の下、ファルの確かな熱を確かめたサラは、更に真実を知るための歩みを始める。

帝都の廃墟を背に、荒野を歩き続けて数日が経過していた。


 空はどこまでも青く澄み渡り、吹き抜ける風は穏やかに草花を揺らしている。

 神の「執着」という名の停滞が消え去り、世界が劇的に崩壊するわけでもなく、そこには驚くほど平穏な光景が広がっていた。


 太陽は規則正しく東から昇り、生命は等しく息づいている。それは、かつてファルが神を喰らう前の世界と、何一つ変わらぬ光景であった。


 だが、だからこそ、サラの胸には言葉にできぬ空虚さが広がっていた。


 世界がこれほどまでに平穏であるということは、ファルが独りで背負い込んだ新たな理がいかに完璧に機能しているかの証左でもある。

 世界そのものが彼の犠牲に無関心であるかのようなその美しさが、今のサラには残酷で、少しだけ恨めしかった。


 その夜、二人は街道から外れた切り立った岩陰で足を止めた。


 ファルがその手を軽く振れば、何もない空間から音もなく鮮やかな火が灯る。

 薪を拾い集める音も、木々が爆ぜる騒がしさもない。

 その理外の力から生まれる静かな光は、ただ純粋な熱だけを放ち、周囲の闇を淡く押し返していた。


 サラはその火の傍らで、膝を抱えて座る。ふと隣を見れば、火の光に照らされたファルの横顔があった。

 かつて帝国を統べ、神を討ったその指先は、今やこの世界の新たな鼓動を司っている。

 神そのものへと変質しながらも、隣に座る彼からは確かな熱が伝わってきた。


「ねえ、ファル」


 静寂の中で、サラは意を決してその距離を詰めた。

 以前の彼女ならば、ただ遠巻きに見守ることしかできなかっただろう。

 だが今は、その熱が彼の中に残る人間としての名残であると信じることができた。


 そっと隣に身を近づければ、彼から伝わる微かな体温が、サラの肩に伝わってくる。

 それは、彼が神という名の仕組みになり果ててもなお、一人の『人間』としてここに在るのだという、無言の証明のようだった。


「アステリア王国に向かおう。……私、知らなくちゃ」


 サラの言葉に、ファルはゆっくりと視線を向けた。


 アステリア王国はサラの故郷であり、かつて彼女の魔術の才能と容姿を愛で、『聖女の再臨』などという身勝手な噂を流布されていた。

 だが、今の彼女は、その虚像を剥ぎ取られた反逆の魔術師に過ぎない。


 人々の都合で神に捧げられ、そしてその手に殺されたソフィアも、きっと今の自分と同じように、勝手に押し付けられた聖女という名の檻の中で、一人の人間として愛されることを願っていたのではないか。


「帰りたいわけじゃないよ」


 サラは、自嘲するように小さく笑った。


 火の光に照らされた瞳には、冷たい怒りと、それを上回る深い何かが混ざり合っている。


「ファルと見た真実が、どうしてあんなにも無惨に歪められたのか。あの国が、どんな都合の良い『虚歴』を語り継いできたのか。……そして、あなたが数千年もの間、何を守り続けてきたのか。誰の言葉でもない、私のこの目で確かめたいの」

 

 その言葉に、ファルは黙って頷いた。


 何も語らぬ彼の瞳の奥で、黄金の円環が静かに揺れる。

 それは拒絶ではなく、彼女の決意を等しく受け止める信頼の証であった。


 二人の間に流れる空気は、帝都を出たときよりも確実に、深く、重なり合っていた。




 ――一方その頃。

 アステリア王国の中枢、聖教の最深部では、冷え切った重い空気が立ち込めていた。


 窓一つない石造りの広間。

 円卓を囲む国の権力者と高位聖職者たちは、揺れる蝋燭の灯の下で、隠しきれぬ焦燥に身を焼かれていた。

 彼らは皆、この世界の成り立ちに纏わる、不都合な真実を握る者たちである。

 

 彼らにとって、ソフィアが数千年前に神に命を捧げたのではなく、身勝手な民衆の手によって殺されたという事実。

 そして、その狂信的な加害者たちが己の罪を覆い隠すために聖教を作り上げたという事実は、決して世に知られてはならぬ猛毒だった。

 何より、かつて神を討ち、世界の安寧を保った男が存在するという真実は、彼らの支配を根底から腐らせるものだ。


「歴史を守らねばならん。我らが秩序を脅かす異物は、世界から完全に葬り去るのだ」


 一人の老司祭が、枯れ木のような指を卓に叩きつけ、冷酷な声で断を下した。


 彼らが編纂した偽りの歴史においては、神を殺した男は『世界を滅ぼしかけた大罪人』でなければならなかった。

 その大罪人を聖教の始祖が葬ったことで、今の平和がある――そう人々に信じ込ませることで、王国は繁栄を謳歌してきたのだ。

 

 真実を語る皇帝は、歴史の表舞台に現れてはならぬ亡霊。

 そしてサラは、本来ならば神に捧げるべき生け贄であったはずの、不浄なる魔女。


 闇の中で、筆が羊皮紙を走る。

 かつてサラに捧げられた賞賛の言葉は、今や彼女を断罪し、抹殺するための呪言へと書き換えられていく。

 偽りの平和に微睡む王国へと、理を覆した男と、運命を拒んだ女の足跡が、静かに、だが力強く刻まれていった。



 二人の夜が明け、半刻ほど歩いた先には、敵地となったサラの故郷の国境が待ち受けていた。

第十四話「安寧は大罪人に抱かれ」を読み終えていただき、ありがとうございます。


 本話では、サラがファルの中に残る「人間」としての体温を確かめる場面を描きました。

 一人の人としてファルの過去に寄り添う覚悟をしたサラ。そして、その覚悟を無言で受け入れたファル。二人の精神的な距離が、かつてないほどに重なり合った瞬間です。

 しかし、その平穏な時間の裏側では、アステリア王国の聖教が「虚歴」を守るために牙を剥こうとしています。

 次なる第十五話では、ついに偽りの故郷である王国の国境へと足を踏み入れます。

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