第十二話:孤独は罪人の笑顔に霞みゆく
帝城は、見る影もない。
積み上げられた瓦礫の山が、無造作に転がっている。
空は濁った灰色に染まり、偽りのないこの世界の、本当の朝の色だと主張する。
その廃墟の真っ只中で、ファルは立ち尽くしていた。
帝城に続く階段、庭園があった場所を、ファルはただ、じっと眺めている。
城という檻は壊れ、物理的な鎖もここにはない。
それでも、ファルは、何一つ変わっていない。
なのに、その輪郭が以前よりも鋭く際立って見えた。
「ファル…」
サラは、胸元で手を強く握り締めた。
黒く、大きい背中が遠く見える。
数歩先にあるファルの背中が、あまりに遠い。
「ねえ、ファル」
サラの声が、冷えた空気の中に溶け出す。
ファルは動かない。
その背中は、かつての面影を見つめたまま。
「……私を見て」
祈るような、けれど強い命令。
その言葉に、ファルの肩がわずかに跳ねた。
ファルは錆びついた機械のように、ゆっくりと、首を巡らす。
漆黒の瞳の中に宿る、金の円環。
世界の理、無機質な視線が、いま、目の前に立つ一人の少女を映し出した。
「そんな目、しちゃダメだよ」
ファルの前に立ち、その顔を見上げる。
「ファル……」
彼の瞳に、いびつに波打つ自分の顔が映っているのが分かる。
サラはそっと手を伸ばし、冷えきったファルの頬に、掌を添えた。
「……っ」
氷のように冷たい肌。
けれど、サラの体温が伝わった瞬間。
ファルの無機質な視線が、わずかに揺らぎ、柔らかいものへと変質していく。
「やっと、見てくれたね」
サラの唇からは、無意識に笑みが零れていた。
細められた目は、子どもをあやすような、自然で、ただ優しい笑顔。
つられるように、ファルの口元が緩んだ。
「……行こう、ファル」
サラは、ファルの瞳を真っ直ぐに見つめ、言い放った。
「ここにはもう、何もない。……『私たち』が生きるのは、ここじゃないから」
ファルは何も言わなかった。
ただ、頬に触れたサラの手の上に、自らの大きな掌を重ねて、ゆっくりと目を閉じた。
次にファルが目を開けたとき。
瞳の金の光は、瓦礫を映す空虚な鏡ではなくなっていた。
一人の少女だけを見つめる、優しい熱を帯びていた。
それは、罪人にされた少女が浮かべた、笑顔の中に、静かに、ゆっくりと霞んでいく。
二人は、一度も振り返ることなく歩き出した。
神を殺した男と、その男をいつか殺すと誓った少女。
灰色の空から差した日の光が、まるで二人を繋ぎ止める『鎖』のように、二人の影の手を繋がせる。
不確かな、でも確かな熱を持った荒野へと伸びていった。




