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虚飾の歴史に、夢は解けて。――二人の罪人は再演の旅を  作者: はる
【第一章】二人の罪人

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第十一話:嘘が嘘になる時

ついに辿り着いた、帝城へと続く白亜の大階段。

そこには、数千年の時を止めたまま眠り続ける女性が横たわっていました。

死の瞬間の苦痛と、それゆえの鮮烈な生々しさ。

なぜファルは、彼女を葬ることさえせず、この残酷な光景を維持し続けてきたのか。

そして、ソフィアが最期に遺した「うそつき」という言葉は何を残したのか。

サラだからこそ告げられる、残酷で、けれどあまりに優しい「許し」の言葉が、凍てついた時間を動かし始めます。

 白亜の大階段が、まるで天を貫く意志を持つかのように、垂直にそびえ立っていた。

 そこは帝城へと続く、この世界で最も奥深く、最も高い場所。

 かつて一つの世界が終焉を迎え、代償として、一人の「人ならざる孤独」を背負った者が産み落とされた聖域にして処刑場。


 見上げる空は重く灰色に光り、見る者の心まで凍てつかせてしまうような雪が絶え間なく降り注いでいた。

 しかし、この階段の周囲にだけは、一片の雪も、一粒の塵も触れることができない。

 風さえも目に見えない境界に弾かれ、そこには音の一切が排除された、別世界にあるような濃密な静寂が横たわっていた。


「……あ」


 サラは、階段の中ほどでふいに足を止めた。


 ――視線の先。


 白銀の石畳の上に、一人の女性が横たわっている。

 それは「遺体」と呼ぶには、あまりに生々しく、あまりに鮮やかすぎた。

 腹部を貫いた凄惨な傷口からは、たった今溢れ出したばかりのような、熱を孕んだ赤い血が石畳を濡らしている。

 触れれば、まだ確かな体温すら残っているのではないかと思わせるほどに。


 名前すら知らないはずの、見知らぬ女性。

 けれど、その人はサラと全く同じ顔、同じ髪、同じ指先をしていた。


 数千年前の「その瞬間」で時を止められた彼女は、今まさに絶命したかのように、頬に乾かぬままの涙を光らせている。

 しかし、その苦痛に満ちた表情の奥底には、まるで愛しい者の腕の中にいるような、切ないほどに純粋な「幸せ」の色が混じり合っていた。


「ねぇ……ソフィア。貴女が愛した彼は、ちゃんと約束、守ってるよ」


 サラの震える声が、一度も耳にしたことのないはずの女性の名を呼んだ。


 明確な記憶の奔流はない。

 懐かしさもない。


 けれど、サラには分かってしまう。

 目の前に横たわるこの女性は、『かつての私』なのだと。

 あの夜、突如として脳裏に焼き付いた死の光景。

 その間際に、彼女が最後の力を振り絞って吐き出したはずの言葉。

 その残響が、今のこの空間に、逃れられぬ呪いのように木霊し続けているのを肌で感じていた。


 隣に立つファルの肩が、目に見えて激しく震えていた。


 『私もあなたもうそつきですね』


 その最期の言葉こそが、神を喰らい、理の外へと踏み出した男の魂に打ち込まれた、最大の楔だった。

 

 愛している人を『うそつき』と呼び、その呪いに等しい言葉によって互いを縛りつけてしまった悲劇。

 その一言が、ファルの心を、そしてこの場所の時間を、数千年の永きにわたって停滞の檻に閉じ込めてしまったのだ。


 ファルは、ソフィアの遺体を見つめたまま、金縛りにあったように動けない。

 一歩でも近づけば、あるいは指先一つでも触れれば、自分が積み上げてきた「永遠」が粉々に砕け散ってしまうと、本能で理解しているかのように。


「……ファルは、うそつきじゃなかったね」


 サラの静かな、けれど凛とした声が、時間という理から隔絶された真空の空間に、優しい波紋を広げていった。


 ファルがその漆黒の瞳を見開く。

 瞳の中に宿る金の円環が、激しい激情に煽られるように揺らめき、彼は信じられないものを見るかのような眼差しでサラを振り返った。


「……サラさん、何を……」


「ファルは、約束を守り続けていたんだね。ずっと……。彼女との約束も、未来の『誰か』との約束も、その全部を。……ファル、本当に、バカだなぁ……」


 サラは力なく笑い、けれど包み込むような慈愛を込めて彼を見つめた。


 ファルはなにも語らない。ソフィアは語れるはずもない。

 けれど、サラには彼が背負ってきたものの正体が、手に取るように分かってしまった。


 ソフィアと交わした「ずっと一緒だ」という約束を果たすために、彼は世界から時間を奪い、彼女をこの瞬間に留め続けた。

 そして、いつか生まれ変わる未来の自分――「誰か」に遺した「必ず見つけ出して守る」という約束を果たすために、彼は自らの心を磨り潰し、人ならざる存在として地獄のような孤独を生き抜いてきたのだ。


「そんなに自分をボロボロにしてまで……。うそつきどころか、正直すぎるくらいだよ」


 サラの言葉が、数千年間、神の権能と絶望で塗り固めてきた彼の防壁を、内側からしなやかに融かしていく。


 漆黒の瞳に宿る金の光が、かつてないほど激しく明滅し、彼の頬を雪解け水のように一筋の涙が伝い落ちた。


 サラは、かつて彼が自分に触れてくれた時のように、震える指先で、そっと彼の涙を拭う。

 その手のひらには、神の力を宿した男の、あまりに人間らしい体温が伝わってきた。


「辛かったよね。……苦しかったよね。本当は、どこかへ逃げたかった……よね。頑張りすぎだよ……。……でもね、もう……頑張らなくて、いいよ。ファル」


 その言葉は、『かつて彼を縛り付けた私』を『他の誰でもない今の私』が否定し、「嘘を真実」に変えてしまったファルに捧げる、最大級の褒め言葉だった。


 その瞬間、数千年間凍結されていた階段が、堰き止めていた吐息を一気に漏らすように軋み、鳴動を始めた。


 石畳の上で鮮やかだったソフィアの遺体が、サラの「許し」を待っていたかのように、淡く柔らかな光の塵となって大気へと溶け出していく。

 

 「嘘」が「誠実」として書き換えられたその時。

 階段の頂上で固く閉ざされていた帝城の扉が、数千年の沈黙を破り、重々しい地響きと共にゆっくりと開き始めた。

 

 扉の向こう側から、真実の光の断片が、二人の足元を照らし出していく。

お読みいただきありがとうございました。

「ファルは、うそつきじゃなかったね」

「バカだなぁ……」

サラの口から零れたのは、神の如き力を振るう超越者への畏怖ではなく、ただ一人の不器用な男への、呆れるほどの愛おしさでした。

前世の自分であったのだろうソフィアが遺した「うそつき」という呪いを、今世の自分が「正直すぎるほどの誠実さ」へと塗り替える。それは、ファルが数千年間、誰にも言ってもらえなかった救いの言葉だったはずです。

ソフィアが光の塵となって消え、止まっていた時計の針が動き出したその時、帝城の扉が開かれました。

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