2話・旅立ち
彼がこの世界に転生してから三年が過ぎた。
彼がこの三年間でしてきたことは主に三つ。
1・自身の体に関わることについての調査
2・文化や常識など、人やこの世界に関わることについての調査
3・血液の美味しい組み合わせの研究
である。
最初の一年で、魔法の使い方やスペックを把握し(例外はある)、次の一年でこの世界の人間の立場や文明レベル、国などを完璧に理解した。そして残りの一年で行った血液の研究だが、彼は最初の一年で吸血鬼の食料に関する情報を得ていた。
それは簡単にまとめると、
・吸血鬼は血液しか飲食できず、それ以外のものはたとえ水だろうと吐き戻してしまう。
・吸血鬼は血液を美味しく感じる。さらに、生物の種類によって味が変わる。
の主に二つである。
彼はこの事実を知ったとき、前世の食材の味を再現してやる、と強く決意したのだ。
そして、周辺の森に生息する生物の血液を集め、様々な組み合わせを試し、徹夜(徹昼?)も平気でして、ソーダやリンゴジュースといった飲み物から、ラーメンやハンバーグなどの食べ物まで、さまざまなものの味を再現した(食感はさすがに無理だった)。
そして、組み合わせをほとんど試し(そもそも生物の種類が少なかった)、最優先事項をあらかた済ませた彼は今、何をしているかというと……
……旅支度をしていた。
「えーっと、必要なのはアレと、コレと、あとコレも……」
と言いながら、自身の影に荷物を入れていく彼。
闇魔法〈シャドウボックス〉:空間魔法〈アイテムボックス〉と似ている魔法。違うのは、影を経由しないといけないこと。
使い勝手がいいので、彼が一番よく使う魔法だ。
その後も、彼は魔法を使いこなして、屋敷内の荷物をまとめていった。……そう、屋敷。
彼は魔法を使い、ボロ小屋を洋風の屋敷にしてしまっていた。さらに、調子に乗って高級そうなソファや輝かしいシャンデリアまで自作してしまった。もはや貴族である。数は少ないが、一つ一つが大きく、一人で旅支度するのは大変そうだ。
しかし、風魔法や闇魔法を使えば旅支度もしやすい。
なにせ屋敷をそのまま〈シャドウボックス〉に入れればいいのだから。
彼は風魔法で屋敷を浮かせて、自分の影に触れさせた。それだけで、あの大きな屋敷は吸い込まれ、あとには何も残っていない。
ちなみに、先程の選別は、屋敷の中に入れたままだと取り出せないのでよく使うものを分けていたのである。
ひと段落し、地面に座り込む彼。
「フーーーっ。やっと終わったーー。って、まだやること残ってたな。」
そういうと彼は、〈シャドウボックス〉から手鏡を取り出し、自身の顔を見る。
そこには、血のような赤髪が左目に少し掛かった、湖のような青い瞳と、吸血鬼特有の少し尖った耳と牙を持った青年が映っていた。
彼の調査では、牙と耳は当たり前だが、赤髪と青目の組み合わせはとても珍しい。
「さすがに変えなきゃな。」
彼はそういうと目を閉じて神経を集中させる。
「髪と目は黒色、あと耳と牙を人間そっくりにしたら100%問題ないよな。」
すると、彼の髪が根元から黒色に変わっていき、尖っていた耳と牙は黒い霧で覆われ始め、それが消えた後には人間のものと同じ形になっていた。
目を開けた彼の瞳も青から黒になっている。
黒髪黒目は珍しくはあるが、赤髪青目ほどではない。彼もそれを理解し、髪色を考えるのが面倒くさかったので、とりあえずこの色を選んだのだ。
「やっぱり変身能力は便利だなー。」
〈変身能力〉、彼がよく使う吸血鬼の能力の一つである。
鏡を再び〈シャドウボックス〉に戻し、立ち上がった彼は、今度は自身がつけているマントに手をかざす。
するとマントが黒い霧で覆われ始め、形を変えながら彼の体にまとわりついていく。
そして、霧が晴れると、彼はマントの代わりに、黒いローブを身に着けていた。
「よしっ!こんなもんかな。」
彼は屋敷があった場所をちらりと見ると、小さく「……ありがとう。」とつぶやくき、ゆっくりと、森の中へ歩いて行った。
今の彼にこの森で敵はいない。なぜなら、彼の調査によると吸血鬼はかなり高位の魔獣らしく、この森にいるどの魔獣よりも全体的なスペックが高いのだ。
散歩でもするかのように森の中を歩く彼。
昼は闇魔法〈シャドウバリア〉とローブを使い、日光を防ぎながら睡眠をとり(6時間に一回くらいは燃えかけていたが)、夜は吸血鬼の能力〈暗視〉を使い昼間よりも機嫌よく歩いた。特にイレギュラーなことは起きず、七日後の夜には森を出た。しかしここで、不満を持った人物が一人いる。
「なんか面白いこと、無いのかーーーーーーっ!」
当たり前だが、彼本人である。
正直、冒険者や魔物との遭遇を期待していた彼。
……現実とは思うようにならないものである。
地団太を踏んで(さすがに地面が凹まないよう注意はした)悔しがる彼。
数分後、「まだまだ先は長い!100%なんかは起こるでしょ!」と気を取り直した彼は、また歩き始める。
彼はまず最初に、街を目指そうと思っていた。以前一度、かなり高いところまで飛んだときに遠くのほうに湖があり、山があり、その間に町があるのを発見した。吸血鬼の視力は異常なのだ。
なぜ最初に目指すのが町なのかというと、深い意味は無く、ただ「面白そう」だからである。
彼は町に行くには湖に到達する必要があると考え、大きな川を探していたのだ。
それを見つけた以上、あとは下るだけなのだが、ここでも魔法が大いに役立った。
「〈エアボート〉!」
そう彼が唱えると、川に凹みができた。それはまるで、そこにボートがあるかのようで……
と、彼はその凹みに向かって軽くジャンプをした。彼の体は水に沈……むことは無かった。
「よっしゃ!どんどん下っていこう!」
すると彼の体はどんどん進んでいく。時速30キロ程だろうか。そして数時間後には、、目的の湖に到着していた。
「……にしても広いなー、この湖。」
湖の向こう側には目的の町が見えるが、それと同じくらいの広さの湖。
彼は〈エアボート〉で縦横無尽に駆け回りたいと強く思ったが、夜明けが近い。
彼はいったん岸移動すると、〈シャドウバリア〉で日光から自身を守りながら、木の根元で眠りについた。
……そして、湖から出てきた一本の触腕が、彼を湖の底に引きずり込んだ。




