1話・目覚め
(は?……どこだ、ここ……?)
やや困惑気味で、彼は体を起こす。
あたりを見渡すと、そこはボロ小屋の中のようだった。
あるのは一枚の扉と小さな机だけ。その机の上には小さな手帳が一つ。
とりあえずその手帳を見てみようと思い、立ち上がろうとした彼はそこで気付く。
……自分が棺の中にいるということに。
「っ!?」
慌てて飛びのく彼。
数秒固まった後……ひとまずスルーすることにした。
彼は机に近づくと手帳を手に取り、開いた。
『おはよう。必要最低限の情報をここに記すよ。
・君はその世界に〈吸血鬼〉として転生した。
・その世界には〈魔法〉と〈スキル〉があり、もちろん君も使うことができる。
・その世界の吸血鬼には寿命がなく、不老。さらに、呼吸をする必要がなく、水の中や無酸素エリア、毒ガスエリアなど大概の場所には行くことができる。
他に知りたいことがあったら自分で調べてね。
君をよく知るものより。』
彼はこれを読んで、
(……ふ~~ん。)
——結構簡単に受け止めた。
こんなことでは動揺しない、それが彼なのだ。
(けど、こっからどーしよっかなー。)
彼は机に座ろ……うとしたのだが座った瞬間、机が壊れて尻もちをついてしまった。
「痛っ……くないな。」
少し疑問に思った彼は尻もちをついた姿勢のまま頬をつねったり、手をたたいたりした。
一度気になったことは確かめるまで気が済まない性格なのだ。
彼の一連の行動から得られった結果は、
(俺の体には、〈痛覚麻痺〉があるみたいだな。)
というものであった。
彼はようやく体を起こすと、ふと思い出したように言った。
「そういえば、俺も魔法が使えるんだよな。試しに使ってみよう!」
壊れた机に右手を向ける彼。と、そこで別の疑問が。
「俺の爪、なんか血みたいに赤いな。」
彼の言う通り、吸血鬼に転生した彼の爪は、血のように赤く、尖っている。
魔法のことは忘れて、何気なく、指先に力を入れてみる彼。すると——
シャキィィィン!
「うおっ!!」
爪が一気に六十センチメートルほどまで伸びた。
まじまじと眺める彼。
「まるで刀だな……あっ!」
それを見て何か思いついた彼は、机の脚を一本とると、空中に投げ、右手の爪を思いっきり振り下ろし——勢いあまって爪が半分以上床に刺さってしまった。
慌てて引っこ抜く彼。
床にはそこそこな大きさの傷跡が残ってしまった。
仕方ないかと気を取り直し、机の脚を確認してみると、
「うわー、スッパスパに切れてんなー。」
机の脚はまるで刀で切ったかのような断面をしていた。
その予想以上の切れ味に軽く驚いた後、彼は重要なことに気付く。
「あっ、爪の戻し方がわからない……」
……数十分かけて、自分の意志で自由に伸縮自在だということを解明した後、彼は、最優先事項である食料を探しに行くことにした。
(吸血鬼の食料が何かは知らないが……何かやれば何かわかるでしょ)
扉を開けて、外の世界へ踏み出した彼。
最初に環境の確認。彼がいたのは案の定、古びた小屋。
周りは見渡す限りの木……どうやら森の中のようだ。
空には、星が輝いている。まるで天然のプラネタリウムだ。
(こんな状況じゃなかったら、ゆっくり鑑賞してたのにな。)
少し残念に思いながら、彼は走り出し——かなりの速度で木にぶつかった。
「し……身体能力が高すぎる……」
彼は鼻をさすりながら、周りの安全を確認して、垂直に飛んでみた。
そして一気に約20メートルもの高さに到達し、音もなく着地する。
「なるほど……なるほど……」
彼は何度か頷くと、慎重に、先程ぶつかった木の、太めの枝に飛び乗った。
そこから木の枝から木の枝へまるで忍者のように高速移動する彼。
(この体おもしれー!)
そのまま何分か移動していると、木の陰で眠っているウサギのようなものを発見した。
(とりあえず、狩るしかないよな。)
その動物を獲物に決めると、音もなく近づき、爪を頭に突き刺す。
即死だったからか、ピクリとも動かずに息絶えるウサギモドキ。
彼は、生きるためとはいえ動物を殺したことに何の抵抗も、何の感情も抱かなかった。
その事実に驚愕し、反面この世界で最初の狩りの結果に満足していると。
……ジュッ
何かが焼けるような音と共に、彼を焼けるような痛みが襲う。
「——なっ!」
痛覚麻痺があるはずなのに……と困惑しながら振り向くと、木々の間から太陽が顔をのぞかせている。
いつの間にか朝が来たらしい。
「マジかっ!」
本能的に恐怖を覚え、全力で小屋に戻る彼。
その間にも、太陽はどんどん上がっていく。
彼の体も焼けていく。
「やばいやばい!転生初日に死ぬのはやばい!100%ピンチ!」
煙を出しながら、やっとのことで小屋に戻った彼。
「あっっっぶねー!」
動揺しながらも、今回のことから判明したことをまとめ始める。
(この世界の吸血鬼も日光に弱いのか……それと、スゲー再生能力があるみたいだな……)
事実、彼の体は目に見えるスピードで再生していく。
「とりあえず朝だし——」
彼は思考を中断し唐突に声を上げると、立ち上がり……
「——寝よう。」
棺に入って寝た。
彼はかなり寝つきがいいのだ。
……そして、ボロ小屋の壁の隙間から入ってくる日差しに叩き(焼き)起こされた。
「痛っ!バーカ、バーカ!棺なら蓋くらいつけとけ!100%ワザとだろ!」
太陽と神(?)に文句を言いながら棺を盾にして身を守る彼。
(こんな時、魔法が使えたらなー。俺使い方分からないんだよなー。とりあえずイメージしながらテキトーに呪文唱えたらいいのかなー。)
眠いからか半分適当に考えている彼。
——しかし半分くらいは正解していることを、彼は知る由もない。
眠りを妨げられ、解決策も思いつかず、イライラしてきた彼は、
「あ~っ!もうどうにでもなれっ!〈リペア〉!」
適当に叫んでみた。
すると、壁の隙間がみるみる埋まっていく……わけがなかった。
「なんだよっ!発動してくれてもいいじゃん!ケチッ」
何も起こらないという結果に文句を言う彼は、ふと自分が盾として使っている棺をみて、
「あっ!こうすれば……」
何かを思いついたかのようにそういうと、棺を自分にかぶせながら床に寝っ転がった。
「結構いいじゃん。」
一言そうつぶやくと、彼は今度こそ何にも邪魔されずに眠った。
床はボロイ木の板、目の前には棺の底、お世辞にも寝心地がいいとは言えなさそうだが、彼は、大抵の場所でならストレスをほとんど感じずに寝られるのだ。
……そうして、彼は三日ほど眠り続けた。




