日本初のドライブスルーは牛丼屋だった 第3話:汁だくとの戦い
作者のかつをです。
第十五章の第3話をお届けします。
当たり前のように使っているテイクアウトの容器。
今回は、その一つの蓋に込められた驚くべき知恵と工夫の物語を描きました。
神は細部に宿る、ですね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
吉野家の開発チームが最初に頭を悩ませたのは、「器」の問題だった。
店内で使われている陶器の丼では話にならない。
軽くて丈夫で保温性があり、そして何より熱い汁がこぼれない密閉性の高い使い捨ての容器が必要だった。
しかし、1970年代の日本にはそんな夢のような容器はまだ存在しなかった。
チームはまず、当時出前などで使われ始めていた発泡スチロールの容器に目を付けた。
軽さ、断熱性、そして安さ。
その点は申し分ない。
しかし、最大の問題は「蓋」だった。
輪ゴムで十字に留めるだけの簡易的な蓋では、車が少し揺れただけで中の熱い汁が飛び散ってしまう。
それは客が火傷を負う危険性さえある、致命的な欠陥だった。
「パチッと音を立てて確実に閉まる蓋が必要だ」
チームは、容器メーカーと共同で新しい蓋の開発に乗り出した。
蓋のフチの形状。
容器本体との嵌合の精度。
彼らはコンマミリ単位で金型の設計をやり直し、何度も何度も試作品を作った。
そして、その試作品に熱々の牛丼を入れ、実際に車に乗せて悪路を走り回るという地道な実験を繰り返した。
汁が漏れる。
また金型を修正する。
また走る。
また漏れる。
その気の遠くなるようなトライアンドエラーの果てに、ついに彼らは理想の蓋を完成させた。
それは指で軽く押し込むだけで、確かな手応えと共に完璧に密閉される画期的な蓋だった。
逆さにしても、中の汁は一滴もこぼれない。
さらに、彼らはもう一つの細やかな、しかし重要な工夫を凝らした。
蓋の中央に、小さな蒸気抜きの穴を開けたのだ。
これにより容器の中の過剰な圧力が逃げ、蓋が不意に開いてしまうことを防ぐ。
そして、ごはんが蒸気でべちゃっとなってしまうことも防いでくれる。
熱々の汁だくの牛丼。
その日本独自のデリケートな食べ物を、安全にそして美味しく運ぶための最高の「器」。
それはただの使い捨て容器ではなかった。
吉野家の味と安全へのこだわりがぎっしりと詰め込まれた、小さな発明品だったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この時吉野家が開発した高密封性の発泡スチロール容器の技術は、その後の日本のテイクアウト文化、そして中食産業の発展に非常に大きな貢献をしました。まさに、業界のスタンダードを作り上げたのです。
さて、最高の器は完成した。
しかし、次なる壁は「時間」との戦いでした。
次回、「神業の、オペレーション」。
ドライブスルーという新しい舞台で、いかにして「はやさ」を実現したのか。その秘密に迫ります。
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