日本初のドライブスルーは牛丼屋だった 第2話:「うまい、やすい、はやい」の、その先へ
作者のかつをです。
第十五章の第2話をお届けします。
なぜ吉野家はドライブスルーに挑んだのか。
今回は、その戦略的な狙いと牛丼という日本独自のメニューだからこそ直面した困難な課題を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1970年代半ば、吉野家は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けていた。
カウンターだけの小さな店内で、屈強な男たちが黙々と牛丼をかきこむ。
注文してから数十秒で、熱々の一杯が目の前に差し出される。
その圧倒的なスピードと安さ、そして変わらぬうまさ。
吉野家は、「ファストフード」という言葉がまだ一般的ではなかった時代に、日本独自の究極のファストフードシステムを完成させていたのだ。
しかし、当時の社長である松田瑞穂は満足していなかった。
彼の目は、常にその先の未来を見ていた。
「このままでは吉野家は、汗臭い男だけの飯屋で終わってしまう」
彼は吉野家をもっと開かれた場所ににしたかった。
女性も子供も家族連れも、誰もが気軽に楽しめる新しい国民食へと牛丼を昇華させたかったのだ。
そのためには、カウンターだけのあの独特の雰囲気から脱皮しなければならない。
その大きな課題を解決する切り札として、彼が白羽の矢を立てたのが「ドライブスルー」だった。
車というプライベートな空間。
そこなら女性一人でも子供連れの家族でも、人目を気にすることなく吉野家の味を楽しむことができるはずだ。
「『うまい、やすい、はやい』の、その先へ」
ドライブスルーは、単なる効率化のためのシステムではなかった。
それは吉野家が新しい客層を開拓し、真の国民食へと進化するための壮大な戦略の一手だったのだ。
しかし、その挑戦はハンバーガーでドライブスルーを行うよりも遥かに困難な道のりだった。
ハンバーガーは、片手で気軽に食べられる。
しかし、牛丼は違う。
熱々の汁気の多い丼物だ。
安定したテーブルの上でなければ食べることは難しい。
「車の中で、どうやって牛丼を食べてもらうのか?」
そして、何よりもスピード。
吉野家の命は、注文を受けてから提供するまでの圧倒的な「はやさ」にある。
ドライブスルーでもその神業のようなスピードを維持できなければ意味がない。
マイクでの注文、厨房との連携、そして会計と商品の受け渡し。
その一連の流れを淀みなくスムーズに行うための、まったく新しいオペレーションシステムをゼロから構築しなければならなかった。
日本の狭い道路事情。
そして、丼物という日本の食文化。
アメリカの模倣ではない。
日本の現実に寄り添った、日本独自のドライブスルーの形。
吉野家の、前例のない孤独な挑戦が始まった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「女性や家族連れにも来てほしい」というこの願いは、その後のテーブル席の導入やメニューの多様化など、吉野家の大きな経営戦略の柱となっていきます。ドライブスルーは、その第一歩だったのです。
さて、数々の難題を前に吉野家の開発チームは、どんな知恵を絞ったのでしょうか。
次回、「汁だくとの戦い」。
熱々の汁物をいかにして安全に客に手渡すか。
その地道な容器開発の物語です。
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