日本初のドライブスルーは牛丼屋だった 第1話:ハイウェイの国の発明
作者のかつをです。
本日より、第十五章「ドライブスルーという名の時間革命」の連載を開始します。
今回の主役は、今や当たり前の「ドライブスルー」。
その日本初がマクドナルドではなく、実は「吉野家」だったという驚きの物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京郊外。
週末の昼下がり、幹線道路沿いのファストフード店には車の長い列ができている。
人々は車から一歩も降りることなくマイクに向かって注文を告げ、窓口で商品を受け取り颯爽と走り去っていく。
私たちはその光景を当たり前のものとして享受している。
「ドライブスルー」という、時間が金で買える究極の利便性。
そのアメリカ生まれの食文化が日本で初めて根付いた時、そこには知られざる挑戦と意外な主役の物語があったことを知る者は少ない。
これは、日本の道路の風景を永遠に変えた時間革命の物語である。
物語の始まりは1970年代のアメリカ。
果てしなく続くハイウェイが国中に網の目のように張り巡らされた、巨大な自動車大国。
その広大な国土で、ドライブスルーは必然として生まれた。
車は単なる移動手段ではない。
それは彼らにとって第二のリビングルームであり、プライベートな空間だった。
その快適な空間から一歩も出ることなく食事を済ませたい。
そのアメリカ人ならではの合理的で、少しだけ怠惰な欲求がドライブスルーという画期的なシステムを生み出したのだ。
マクドナルドをはじめとするハンバーガーチェーンが、こぞってこの新しいシステムを導入し、ドライブスルーはアメリカの食文化の象徴となった。
その噂は遠く太平洋を越え、日本の外食産業の若き開拓者たちの耳にも届いていた。
日本もまた高度経済成長とモータリゼーションの真っ只中にあった。
いつか必ず日本にもドライブスルーの時代が来る。
誰もがそう予感していた。
そして、多くの人々がこう信じていた。
日本で最初にドライブスルーを成功させるのは、間違いなくあの黒船マクドナルドだろうと。
しかし、歴史は誰もが予想しなかった意外な展開を見せることになる。
日本で最初にドライブスルーという未知のフロンティアに果敢に挑戦状を叩きつけたのは、ハンバーガーの巨人ではなかった。
それは「うまい、やすい、はやい」を武器に、日本のサラリーマンの胃袋を鷲掴みにしていたあの純国産の牛丼チェーンだったのだ。
その名は、吉野家。
彼らはなぜハンバーガーではなく、熱々の汁物である牛丼でこの無謀な挑戦に挑んだのか。
そこには、日本の道路事情と食文化を深く見据えた緻密な計算と、そして熱い情熱があった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十五章、第一話いかがでしたでしょうか。
日本初のドライブスルーは、1976年に新潟県の長岡市にあった「フレンド」というローカルなファストフードチェーンだという説もあります。しかし、全国規模のチェーンとして本格的に展開したのは吉野家が初めてでした。
さて、なぜ吉野家はこの困難な挑戦に挑んだのでしょうか。
次回、「『うまい、やすい、はやい』の、その先へ」。
彼らがドライブスルーに見た、新しい可能性とは。
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