ラーメン屋の行列をなくした食券機の誕生 第5話:無言の、セールスマン
作者のかつをです。
第十四章の第5話をお届けします。
発明が作り手の意図を超えて思わぬ効果を生み出す。
今回は、そんなビジネスの面白いダイナミズムを食券機を舞台に描いてみました。
「つい、トッピングボタンを押してしまう」あの心理、よく分かりますよね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
高田馬場の小さなラーメン屋から始まった、ささやかな革命。
その噂は口コミで少しずつ、飲食店の経営者たちの間に広がっていった。
「人手不足が解消された」
「金の管理が驚くほど楽になった」
「何より、調理に集中できるようになった」
食券機は、当初の目的であった「省力化」と「効率化」という二つの点で、確かに店主たちを救った。
しかし、導入した店主たちはやがて、もう一つのまったく予期していなかった驚くべき「効果」に気づき始めることになる。
「……なぜか、客単価が上がっている」
食券機を導入する前と後で、店の一日の売上を比較してみると、明らかに客一人当たりの支払う金額が増えているのだ。
なぜ、そんなことが起きるのか。
その理由は、人間の面白い心理にあった。
カウンターで店主と対面で注文をする時、「ラーメン、一つ」と頼むのが精一杯。
忙しそうな店主に「あと、味玉と餃子も」と追加で頼むのは、どこか気後れしてしまう。
しかし、相手が機械ならばその気兼ねは一切いらない。
目の前にずらりと並んだ魅力的なボタン。
「チャーシュー増し」「メンマ」「バターコーン」。
その写真付きのボタンを見ていると、ついあれもこれもと押したくなってしまうのだ。
食券機は、単なる会計係ではなかった。
それは、客の潜在的な食欲を巧みに引き出す、「無言のセールスマン」でもあったのだ。
この予想外の売上向上効果。
その噂が広まるにつれて、食券機への注目度は爆発的に高まっていった。
ラーメン屋だけでなく、蕎麦屋、うどん屋、定食屋、そして牛丼屋。
客の回転率が命となるあらゆる大衆食堂が、我先にと食券機を導入し始めた。
食券機は、もはや単なる便利な機械ではなかった。
それは店の売上を確実にアップさせてくれる「魔法の箱」として、経営者たちの信仰を集めるようになっていったのだ。
高見沢純がラーメン屋の親父を救いたいという善意から始めた、ささやかな発明。
それが巡り巡って、日本の外食産業のビジネスモデルそのものを変えるほどの大きな力を持つに至った。
その成功の鍵は技術の優劣だけではなかった。
人間の心の奥底に潜むささやかな、しかし確かな欲望を見抜いた、その鋭い洞察力にこそあったのかもしれない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「客単価アップ」の効果は、現代のセルフオーダーシステムの導入などでも同様に見られる現象です。対面でのコミュニケーションのプレッシャーから解放されると、人間はより自由に注文行動ができるようになるのですね。
さて、ついに日本の外食の風景を一変させた食券機。
その無言の働き者は、現代の私たちに何をもたらしたのでしょうか。
次回、「行列の、その先へ(終)」。
第十四章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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