かまどの前の解放宣言 第3話:二重釜という逆転の発想
作者のかつをです。
第二章の第3話、物語が大きく動きました。
絶望的な状況の中から、いかにしてブレークスルーが生まれるのか。
今回は、そんな発明の「奇跡の瞬間」を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
どうすれば、釜の中の温度を、理想的にコントロールできるのか。
開発チームが、議論を重ねていた、ある日のことだった。
一人の技術者が、ぽつりと呟いた。
「いっそ、直接、釜を熱するのをやめてみませんか?」
その一言に、部屋が、しんと静まり返った。
釜を熱さずに、どうやってごはんを炊くというのか。
彼は、続けた。
「釜の外側に、もう一つ、別の釜をかぶせるんです。そして、その外側の釜に水を入れて、その水を熱する。つまり、湯煎のような形で、内側の釜を、間接的に温めるんです」
それは、まさに、コロンブスの卵だった。
この「二重釜方式」には、驚くべき利点があった。
外側の釜の水が沸騰している間、内側の釜は、常に百度前後の、安定した温度に保たれる。
これで、「中パッパ」の状態を、完璧に維持できるのだ。
そして、最大のブレークスルーは、火を消すタイミングにあった。
外側の釜の水が、すべて蒸発してなくなると、釜の温度は、百度から、急激に上昇し始める。
この、急激な温度変化を検知して、スイッチが自動的に切れるようにすればいい。
火加減を「制御」するのではなく、水の蒸発という、物理現象そのものを利用して、スイッチを「作動」させる。
複雑な電子制御など、何一つ必要ない。
シンプルで、確実で、そして、天才的なアイデアだった。
「……それだ!」
チームリーダーが、叫んだ。
暗闇の中に、一筋の、まばゆい光が差し込んだ瞬間だった。
すぐに、試作品が作られた。
外側の釜に、コップ一杯の水を入れる。
内側の釜に、研いだ米と、規定量の水を入れる。
スイッチを入れる。
やがて、ぐつぐつと沸騰する音が聞こえ始めた。
そして、十数分後。
外側の釜の水が蒸発し尽くした瞬間、カチリ、という音と共に、スイッチが切れた。
あとは、蒸らしの時間だ。
誰もが、固唾を呑んで、その時を待った。
蓋を開ける。
そこに現れたのは、ふっくらと炊きあがった、つやつやと輝く、真っ白なごはんだった。
一口、食べてみる。
「……炊けてる。美味しく、炊けてるぞ!」
研究室に、歓喜の声が響き渡った。
何年にもわたって彼らを苦しめてきた、分厚い壁が、ガラガラと崩れ落ちた瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
スイッチを切る仕組みには、「バイメタル」という、温度によって曲がり方が変わる金属が使われました。外釜の水がなくなって温度が急上昇すると、この金属がぐっと曲がって、物理的にスイッチを切る、という非常にシンプルな仕組みでした。
さて、ついに完成した、完璧なプロトタイプ。
しかし、本当の戦いは、ここからでした。研究室での成功が、そのまま製品の成功に繋がるほど、モノづくりは甘くはありません。
次回、「700軒の失敗と苦情の嵐」。
彼らは、地獄のような、現実の壁に直面します。
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