ラーメン屋の行列をなくした食券機の誕生 第4話:日本初の、食券機
作者のかつをです。
第十四章の第4話をお届けします。
どんなに優れた発明も、それが人々の「習慣」になるまでには時間がかかる。
今回は、食券機のほろ苦いデビューと、それを支えた現場の店主の温かい言葉を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1967年。
高見沢純と彼のチームが心血を注いで開発した、日本初の飲食店向け券売機がついに完成した。
ずんぐりとしたクリーム色の鉄の箱。
お世辞にも洗練されたデザインとは言えなかった。
しかし、その無骨な筐体の中には、ラーメン屋の親父への優しさと敬意がぎっしりと詰め込まれていた。
高見沢は、この我が子同然の機械の記念すべき第一号機を、どこに設置してもらうか考えあぐねていた。
そんな彼の元に、あるラーメン屋の店主が噂を聞きつけてやってきた。
東京の高田馬場に店を構える店主だった。
「先生。ワシの店でその機械を試させてはくれんかのう」
その店主もまた、昼時の殺人的な忙しさに長年苦しめられていた一人だったのだ。
高見沢は、快諾した。
こうして、世界で最初のラーメン屋の食券機が、高田馬場の小さな店の軒先に設置されることになった。
設置の日、高見沢は自分のことのように胸を高鳴らせていた。
この機械がどれほど店主を救い、客を笑顔にするか。
革命の瞬間を、彼はこの目で見届けたかった。
しかし、そのデビューは高見沢が想像していたような劇的なものではなかった。
客たちは、店の前に現れた見慣れない鉄の箱に戸惑うばかり。
ボタンの押し方が分からずまごつくお年寄り。
小銭が足りずに慌てる学生。
結局、店の奥から店主が飛び出してきて、客に使い方を一から説明して回る始末。
「……これじゃあ、逆に手間が増えとるだけじゃないか」
高見沢は、愕然とした。
革命は起きなかった。
それどころか、機械はただの邪魔な鉄の塊と化していた。
その日の夜、営業を終えた店で高見沢は店主に深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。私の考えが甘かったようです。この機械はすぐにでも撤去させて……」
しかし、その言葉を遮ったのは店主の意外な一言だった。
「いや、先生。撤去せんでくれ」
店主は、にやりと笑ってこう続けた。
「確かに今日はてんやわんわいやった。じゃがな、ワシは今日、何ヶ月かぶりにラーメンのスープの味見をじっくりとすることができたんや」
その一言に、高見沢はハッとした。
「客は慣れる。大丈夫や。この機械は絶対にワシらの救い主になる。ワシには分かるんや」
その、現場のプロフェッショナルからの力強い言葉。
それが、打ちひしがれていた高見沢の心をどれほど救ったことか。
革命は一夜にして成るものではない。
地道な啓蒙と改良の積み重ね。
その長い道のりを店主と二人三脚で歩んでいく覚悟が、高見沢の心に固まった瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この高田馬場のラーメン屋が具体的にどの店だったのかは、残念ながら今となっては定かではありません。しかし、その店主の先進的な眼差しがなければ、食券機の歴史は始まらなかったかもしれませんね。
さて、一人の理解者を得た食券機。
その静かな革命は、やがて日本中の飲食店へと広がっていきます。
次回、「無言の、セールスマン」。
食券機がもたらした、意外な「効果」とは。
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