ラーメン屋の行列をなくした食券機の誕生 第1話:ラーメン一杯、戦場なり
作者のかつをです。
本日より、第十四章「無言の注文受付係」の連載を開始します。
今回の主役は、ラーメン屋や定食屋でおなじみの「食券機」。
その日本独自の文化がいかにして生まれたのか、その誕生秘話に迫ります。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
人気のラーメン店の前には昼時になると長い行列ができる。
しかし、その流れは驚くほどスムーズだ。
客は店先にある機械の前に立ち、慣れた手つきで好みのラーメンのボタンを押す。
チャリンと小銭を入れるか、カードをかざすか。
ガチャンと音を立てて出てきた小さなプラスチックの札を手に、彼らは席に着く。
私たちはその光景を当たり前のものとして享受している。
食券機が無言の店員として注文と会計を黙々と、しかし完璧にこなしてくれる。
その日本独自の「食券文化」が、かつて一人の技術者が抱いたささやかな「義憤」から始まったということを知る者は少ない。
これは、飲食店の厨房という戦場から金のやり取りという最も厄介な仕事をなくした、名もなき開拓者の知恵と工夫の物語である。
物語は1960年代、日本が空前のラーメンブームに沸いていた時代に遡る。
街の小さなラーメン屋。
カウンターだけのその店は、昼時になると戦場と化した。
店主はたった一人。
麺を茹で、スープを注ぎ、具材を盛り付ける。その一連の動作を秒単位の精度で繰り返す。
厨房は湯気と熱気、そして店主の鬼気迫るほどの集中力で満ち溢れていた。
しかし、彼を悩ませていたのはラーメンを作ること、それ自体ではなかった。
最大の敵は、その合間に容赦なく割り込んでくる別の仕事だった。
「へい、お待ち!」
「親父、会計!」
客からの声。
そのたびに店主は麺を茹でる手を止め、濡れた手で客から金を受け取り、そしてお釣りを渡さなければならない。
そのわずか数十秒の中断。
しかし、その間に麺は刻一刻と伸びていく。
スープは冷めていく。
店の外の行列はさらに長くなっていく。
ラーメンの味を落としたくない。
客を待たせたくない。
その二つの相反する思いの狭間で、店主たちは日々心身をすり減らしていた。
その戦場のような光景をカウンターの隅でじっと見つめている男がいた。
彼の名は高見沢純。
駅の自動券売機などを製造する小さな会社の技術者だった。
彼はラーメンをすすりながら、憤りを感じていた。
「……非効率すぎる」
「なぜラーメン作りのプロが、こんな素人でもできる金の勘定なんぞに時間を奪われなければならないんだ」
「この無駄な時間をなくせば店主はもっとラーメン作りに集中できる。客ももっと早くうまいラーメンにありつける。誰もが幸せになるじゃないか」
彼の技術者としての魂が、静かに燃え上がった。
「そうだ、作ろう。駅の券売機のように客が自分で食券を買える機械を」
それはまだ日本のどこの飲食店にも存在しなかった、革命的なアイデア。
ラーメン屋の親父を救いたい。
そのささやかな、しかし熱い義憤が日本の外食の風景を永遠に変えることになる、小さな歯車を回し始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十四章、第一話いかがでしたでしょうか。
ラーメン屋のあの忙しい厨房。そこに潜む「非効率」という課題に一人の技術者が気づく。すべての発明は身近な問題の発見から始まるのですね。
さて、壮大な目標を掲げた高見沢。
しかし、駅の券売機をそのままラーメン屋に持ってくるわけにはいきませんでした。
次回、「駅と、ラーメン屋の、大きな違い」。
そこには意外な、そして巨大な壁が待ち受けていました。
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