ファミリーレストランを支えるセントラルキッチン革命 第4話:ロードサイドの灯台
作者のかつをです。
第十三章の第4話をお届けします。
今回は、ファミリーレストランが単なる「食」だけでなく、新しい「空間」や「ライフスタイル」をいかにして人々に提供したのかを描きました。
ハード(店舗)とソフト(料理システム)が見事に融合した、総合芸術だったのですね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1970年。
大阪万博が熱狂の中にその幕を開けたその年、東京の郊外、府中市の甲州街道沿いに一軒の新しいレストランがオープンした。
三角屋根の、しゃれた洋館風の建物。
夜にはその窓から温かいオレンジ色の光があふれ出している。
店の前には、何十台もの車が停められる広大な駐車場。
「すかいらーく国立店」。
日本で最初の本格的なファミリーレストランが、産声を上げた瞬間だった。
その店は、あらゆる点で革命的だった。
メニューを開けばハンバーグ、ステーキ、エビフライ、スパゲッティ、グラタン、そしてカレーライス。
和食、洋食、中華。
子供が好きなものも、おじいちゃんが好きなものも、すべてがそこにあった。
三世代の誰もが食べたいものが必ず見つかる、魔法のメニューブック。
そして、その料理は驚くほど安く、そして驚くほど早く運ばれてくる。
その味は、いつ訪れても決して裏切られることがない。
店の雰囲気も、これまでの日本の飲食店とはまったく違っていた。
広々とした明るい店内。
清潔なテーブルクロス。
にこやかなウェイトレスの笑顔。
それは、食事をするためだけの場所ではなかった。
家族が休日の特別な時間を共に過ごすための、心地よい「空間」そのものだった。
すかいらーくの成功を皮切りに、ロイヤलホストやデニーズといったライバルたちが次々と郊外のロードサイドに進出していく。
夜、車で郊外のバイパスを走るとその光景は一変していた。
暗闇の中にぽつりぽつりと、ファミレスの温かい明かりが灯っている。
まるで、荒野を旅する旅人を導く「灯台」のように。
マイカーでドライブに出かけた家族が、その灯台の光に吸い寄せられるように立ち寄っていく。
そこには、温かい食事と清潔なトイレ、そして家族の笑顔があった。
セントラルキッチンという合理的な心臓部。
そして、ロードサイドの灯台という温かい顔。
その二つの車輪が固く噛み合った時、ファミリーレストランは単なる新しい業態の飲食店から、日本の新しい「家族の原風景」そのものへと姿を変えていったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「すかいらーく(skylark)」とは鳥の「ひばり」のことです。一号店があった東京都府中市の市の鳥がひばりだったことに由来するそうです。地域に根差したレストランを目指すという、創業時の温かい想いが伝わってきますね。
さて、順風満帆に見えたファミリーレストラン。
しかし、その裏側ではさらなる効率化への熾烈な戦いが繰り広げられていました。
次回、「マニュアルという名の聖書」。
レストランの現場から職人技を完全に排除するための、もう一つの革命に光を当てます。
物語の続きが気になったら、ぜひブックマークをお願いします!
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




