世界を麺で満たしたカップヌードル開発物語 第4話:宇宙食技術「フリーズドライ」
作者のかつをです。
第十二章の第4話をお届けします。
第四章のレトルトカレーに続き、ここでも「宇宙食技術」が登場しました。
最先端のテクノロジーが、いかにして私たちの日常の食卓へと応用されていったのか。
そのダイナミックな連鎖を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
理想の器はできた。
しかし、安藤百福の夢はまだその半分しか完成していなかった。
彼が作りたかったのは、単なる「カップに入ったチキンラーメン」ではなかったからだ。
「これは、一杯でごちそうになる本格的な食事でなければならない」
そのためには、麺とスープだけではダメだ。
彩り豊かで食感も楽しい、「具材」が不可欠だった。
しかし、ここにも大きな壁が立ちはだかった。
チキンラーメンで使われていた従来の「乾燥野菜」では限界があった。
お湯で戻しても食感はぐにゃぐにゃで風味も乏しい。
彩りもくすんでしまい、とても食欲をそそるものではなかった。
「もっと、画期的な乾燥技術はないものか……」
開発チームが世界中のあらゆる食品加工技術を調査していた、その時だった。
一人の研究者が興奮した面持ちで、安藤の元へ駆け込んできた。
「社長! ありました! 宇宙食です!」
その研究者が見つけてきたのは、当時アポロ計画の宇宙食にも応用されていた最先端の乾燥技術。
「フリーズドライ(凍結真空乾燥法)」である。
その原理は、まさに魔法のようだった。
まず食品を超低温で急速に凍らせる。
そして、その凍らせた食品を真空状態に置き気圧を極限まで下げる。
すると、食品の中の氷の結晶が液体になることなく、直接水蒸気へと昇華していくのだ。
水分だけが綺麗に抜け去るため、食品の組織構造はほとんど破壊されない。
ビタミンなどの栄養素も保たれる。
そして、お湯を注げばまるでスポンジが水を吸うように、瞬時に元のみずみずしい状態へと復元するのだ。
「……これや」
安藤は、直感した。
この技術こそが、自らの夢を完成させる最後のピースだと。
彼はすぐにフリーズドライの専門メーカーと共同で、カップヌードル専用の具材開発に乗り出した。
エビ、豚肉ミンチ、スクランブルエッグ、そしてネギ。
お湯を注いだ瞬間に最も美味しくなるように。
彩りが最も鮮やかになるように。
一つ一つの具材の最適なフリーズドライの条件を、丹念に探っていった。
そして、ついにその魔法の具材は完成した。
乾燥した状態ではカサカサで頼りない小さな塊。
しかし、ひとたびお湯を注げば、エビはぷりぷりの食感を取り戻し、卵はふわりと花開き、ネギは鮮やかな緑色でスープの上を彩る。
それは、もはや単なる「乾燥具材」ではなかった。
3分間のドラマを演出する、最高の「役者」たちがここに誕生したのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
フリーズドライ技術は非常にコストのかかるものでした。エビや肉といった豪華な具材を採用したことも、カップヌードルの価格を押し上げる大きな要因となりました。まさに、コスト度外視の品質へのこだわりでした。
さて、器も具材も揃った。
しかし、安藤百福の前には最後の、そして最大の難問が残されていました。
次回、「真ん中が空いた麺の塊『サスペンション製法』」。
カップヌードルの最も偉大な発明の一つが、ついに姿を現します。
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