世界を麺で満たしたカップヌードル開発物語 第2話:どんぶりと箸がない国
作者のかつをです。
第十二章の第2話をお届けします。
すべての始まりとなった運命の瞬間。
今回は、安藤百福が絶望の淵でいかにして革命的なひらめきを得たのか、その劇的なドラマを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
商談は、気まずい空気のまま終わろうとしていた。
安藤百福の心には、大きな宿題だけがずしりと重くのしかかっていた。
どんぶりと箸がない国で、どうやってラーメンを食べてもらうのか。
その時だった。
一人のバイヤーが、何かを思いついたように立ち上がった。
彼はチキンラーメンの塊を手で無造作に半分に割り、近くにあった紙コップの中にそれを押し込んだ。
そして、給湯器から熱い湯を注ぎ、デスクのペン立てに刺さっていた一本のフォークでそれをかき混ぜ始めたのだ。
ズルズルと音を立てて、そのバイヤーは実に美味そうにフォークで麺をすすっていく。
その、行儀が良いとはお世辞にも言えない光景。
しかし、安藤はその光景に釘付けになった。
彼の全身に、まるで電流が走ったかのような衝撃が突き抜けた。
「……これや!」
彼の頭の中で、バラバラだったパズルのピースが一つに繋がり、完璧な絵を結んだ。
そうか。
どんぶりと箸がないのなら、こちらが用意してやればいい。
いや、違う。
麺とどんぶり、そしてフォークで食べるという行為。
そのすべてを一つにまとめてしまえばいいんや!
彼の脳裏に、まだ誰も見たことがない新しい商品の姿が鮮明に浮かび上がった。
それは、麺を売るのではない。
それは、「食」そのものを一つのパッケージとして売るのだ。
断熱性のあるカップ。
その中にあらかじめ麺と具材、そしてスープの素が入っている。
消費者はただ蓋を開けてお湯を注ぐだけ。
あとは、手持ちのフォークで食べる。
これなら、どんぶりも箸も鍋さえもいらない。
いつでも、どこでも、誰でも同じ美味しさを味わうことができる。
それは、チキンラーメンという「製品」の発明を遥かに超える、壮大な「システム」の発明だった。
食のプラットフォーム革命。
安藤は、アメリカのバイヤーに深々と頭を下げた。
彼らは知らなかっただろう。
自分たちの何気ない一つの行動が、今、日本の発明家に百万ドルの価値を持つひらめきを与えたということを。
安藤は、残りの視察の予定をすべてキャンセルした。
彼の心は、もはやアメリカにはなかった。
一刻も早く日本に帰り、この途方もないアイデアを現実の形にしたい。
その燃えるような創造の衝動に駆られていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
問題の中にこそ答えはある。まさにそれを体現したようなエピソードですね。この「食文化の違い」という最大のピンチがなければ、カップヌードルは決して生まれることはなかったのです。
さて、奇跡のひらめきを得て日本に帰国した安藤。
しかし、そのアイデアを現実の製品にするためにはいくつもの巨大な壁が待ち受けていました。
次回、「器が麺を保護すればいい」。
最初の壁は、理想の「カップ」探しでした。
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