昆布と博士と魔法の粉 第6話:世界を変えた第5の味覚(終)
作者のかつをです。
第一章の最終話です。
一人の化学者の純粋な疑問から始まった物語が、いかにして世界を変え、現代の私たちの食卓に繋がっているのか。
壮大な歴史の繋がりを感じていただけたら、嬉しいです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
鈴木三郎助の地道な努力は、やがて、大きな実を結んだ。
「味の素」は、大正、昭和と時代が進むにつれて、日本の食卓に、なくてはならない調味料として、深く、広く、浸透していった。
味噌汁に、煮物に、炒め物に。
どんな料理にも、さっと一振り。
それだけで、いつもの料理が、ぐっと美味しくなる。
池田菊苗が夢見た通り、その魔法の粉は、日本の食生活を、確かに豊かにした。
その価値は、やがて、海を越える。
「味の素」は、世界各国へと輸出され、その土地の料理に取り入れられていった。
そして、池田が発見した「うま味」は、世界中の料理人や科学者たちの、研究の対象となった。
長い間、西洋の科学者たちは、その存在を認めようとしなかった。
味は、四種類。それが、絶対の常識だったからだ。
しかし、2000年。
ついに、人間の舌の上に、「うま味」だけを受け取る、専門の受容体が存在することが、科学的に証明された。
その瞬間、池田菊苗の発見から約一世紀の時を経て、「UMAMI」は、甘味、塩味、酸味、苦味と並ぶ、第五の基本味として、世界の共通言語となったのだ。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場した、あの食卓。
一杯の味噌汁を味わいながら、一人の男が、ふと、その歴史に思いを馳せる。
この、当たり前のように感じている、ホッとするような美味しさ。
その一滴には、百十数年前の、一人の化学者の、純粋な好奇心が溶け込んでいる。
貧しい日本の食を、豊かにしたいと願った、熱い志が、溶け込んでいる。
未知の製品を、世に広めようと奮闘した、実業家の情熱が、溶け込んでいる。
歴史は、どこか遠い場所にあるのではない。
私たちが日々囲む、この食卓の上に、確かに、息づいているのだ。
男は、もう一口、味噌汁をすする。
その味は、いつもより、少しだけ、深く、ありがたい味がした。
(第一章:昆布と博士と魔法の粉 ~世界を変えた「うま味」の発見~ 了)
第一章「昆布と博士と魔法の粉」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
2000年に「うま味」の受容体が発見されたことで、池田博士の功績は、没後、世界的に再評価されることになりました。彼の先見の明には、ただただ驚かされます。
さて、食卓に革命をもたらした、化学の物語。
次なる物語は、今度は、機械の力で、食卓の風景を変えた人々の物語です。
次回から、新章が始まります。
**第二章:かまどの前の解放宣言 ~主婦を火の番から救った自動炊飯器~**
毎日の過酷な家事労働から、日本の女性たちを解放した、魔法の釜。
その誕生の裏には、名もなき技術者たちの、涙と笑いの開発物語がありました。
引き続き、この壮大な食文化創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第二章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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