炊きたての味を届けたパックごはん革命 第5話:米屋のプライドが、未来を拓く(終)
作者のかつをです。
第九章の最終話です。
一企業の挑戦がいかにして私たちの食生活の新しいインフラとなり、そして文化となったのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、パックごはんの物語を締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「サトウのごはん」の登場は、日本の米食文化に新しいページを書き加えた。
それは、単なる「便利なごはん」ではなかった。
それは、「美味しいごはん」の新しい選択肢だった。
炊飯器で炊いた炊きたてのごはんと、サトウのごはん。
その二つが食卓のシーンに合わせて、自由に使い分けられる時代がやってきたのだ。
単身赴任の父親が子供の顔を思い浮かべながら、温かいごはんを食べる。
高齢の祖母が火の心配をすることなく、いつでも好きな時に一膳のごはんを用意する。
海外旅行に、日本の米の味を持っていく。
サトウのごはんは、米という日本の食の魂をあらゆる場所へ、あらゆる人々へ届けることを可能にした。
かつて佐藤功が憂いた、「米離れ」。
彼は、その大きな時代の流れを止めることはできなかったかもしれない。
しかし、彼は米という食べ物が持つ新しい可能性を、確かに切り拓いてみせたのだ。
彼の米屋としての、揺るぎないプライド。
「米は炊きたてが一番うまい。その最高の状態をいつでもどこでも味わえるようにしたい」
そのシンプルで力強い想いが、不可能を可能に変えた。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場した、あの部屋。
会社員が電子レンジから湯気の立つ、温かいごはんを取り出す。
彼は、知らない。
今、自分が当たり前のように享受しているその一杯の「炊きたて」が、かつて地方の小さな米屋が会社の存亡を賭けて挑んだ、壮大な挑戦の結晶だということを。
目に見えない無数の菌と来る日も来る日も戦い続けた、名もなき技術者たちの執念の賜物だということを。
歴史は、遠い過去の出来事ではない。
私たちの、この日常のささやかな一杯の中に、確かに息づいているのだ。
彼は、その温かいごはんの上に卵を割り落とし、醤油を一差し。
勢いよく、かきこむ。
疲れた体に、米の優しい甘さがじんわりと染み渡っていく。
そのささやかな幸福が、明日への小さな、しかし確かな力になることを彼はまだ知らない。
(第九章:無菌の米という未来 ~炊きたての味を届けたパックごはん革命~ 了)
第九章「無菌の米という未来」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
サトウ食品の成功の後、多くの企業が無菌包装米飯の市場に参入しました。その競争がさらにこの市場を活性化させ、私たちの選択肢をより豊かなものにしてくれています。
さて、食卓の主食に革命をもたらした物語でした。
次なる物語は、日本の伝統的なものづくりに「科学」という新しい光を当てた開拓者たちの物語です。
次回から、新章が始まります。
**第十章:醤油蔵の近代化戦争 ~野田vs銚子、麹菌を巡る知られざる戦い~**
何百年もの間、職人の「勘」と「経験」だけが支配していた醤油造りの世界。
その、神秘のベールに包まれた発酵の謎を科学の力で解き明かそうとした、二大産地の知られざる戦いを描きます。
引き続き、この壮大な食文化創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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