本わさびの香りを食卓へ届けた挑戦 第4話:本物の味を、どう作るか
作者のかつをです。
第八章の第4話をお届けします。
いよいよ、チューブの中身、究極の「練りわさび」の開発物語です。
味と香りを科学の力で、いかにしてコントロールするのか。
その、驚くべき技術の一端を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
完璧なチューブは完成した。
しかし、開発チームの本当の戦いはここからだった。
そのチューブに詰める、「中身」の開発である。
「目指すは、ただ一つ。高級な料亭で職人が鮫皮のおろし金で、すりおろしたまさにその瞬間の、あの味と香りだ」
リーダーは、チームに改めてその高い理想を突きつけた。
まず彼らが直面したのは、原料の問題だった。
本わさびは非常にデリケートな植物だ。
清らかな水が流れる山間の渓流でしか育たない。
大量に、安定して高品質な原料を確保すること自体が至難の業だった。
チームは、全国のわさび田を訪ね歩き、生産者の農家と粘り強く交渉を重ねた。
そして、ついに安定した供給ルートを確保することに成功する。
次なる壁は、製造方法だった。
わさびの香りは、細胞が破壊されることで初めて生まれる。
ならば、工場でいかにして鮫皮のおろし金と、同じ効果を再現するか。
彼らは、巨大な業務用の、おろし金のような機械を特注で開発した。
その刃の一本一本の角度、鋭さ。
回転するスピード。
それらを、コンマミリ単位で調整しながら、最も香りを引き出すことができる最適なすりおろし方を探求していった。
そして、最大の難問は「長期保存」だった。
すりおろしたその瞬間から、香りは猛烈な勢いで失われていく。
その、揮発していく香りを、どうやってチューブに詰めるその瞬間まで維持し続けるのか。
彼らは、ある逆転の発想にたどり着く。
「香りが飛ぶ前に、その働きを一時的に眠らせてしまえばいい」
わさびの香りを生み出すのは、「酵素」の働きによるものだ。
ならば、その酵素の働きを一時的に弱めてしまう天然由来の添加物を加える。
そうすれば、製造工程の間は香りは、いわば「休眠状態」になる。
そして、消費者がチューブからわさびを出し、醤油に溶いたり口に入れたりしたその瞬間に、初めて酵素が再び活性化し、眠っていた香りが一気に目を覚ますのだ。
それは、まさに職人技と科学の奇跡的な融合だった。
何年もの歳月をかけた探求の末、ついにそのペーストは完成した。
チューブから絞り出したその瞬間、鮮烈な香りがほとばしる。
口に含めば爽やかな辛味と、その奥にあるほのかな甘み。
それは、もはや「粉わさび」とは全く次元の違う、本物の味。
料亭のカウンターでしか味わえなかったあの贅沢な風味が、今、確かに彼らの目の前にあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
酵素の働きを一時的に抑制するというアイデアは、非常に画期的なものでした。これにより、チューブ入りわさびの長期的な品質保持が可能になったのです。
さて、容器も中身も、すべてが完成した。
いよいよ、その緑色の魔法が世に放たれる時が来ました。
次回、「緑の革命」。
その小さなチューブが、日本の食卓に何をもたらしたのでしょうか。
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