昆布と博士と魔法の粉 第4話:工業化への高い壁
作者のかつをです。
第4話です。
一人の科学者の発見が、いかにして「産業」になっていくのか。
今回は、天才的な実業家との出会いと、ラボから工場へとスケールアップする際の、壮絶な苦労を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
研究室での発見を、製品として世に送り出す。
そのためには、池田菊苗一人では、どうすることもできなかった。
彼には、事業を興すための、強力なパートナーが必要だった。
彼が白羽の矢を立てたのは、鈴木製薬所(後の味の素株式会社)の創業者、鈴木三郎助だった。
ヨードの製造で財を成した、当時気鋭の、天才的な実業家だ。
池田は、鈴木に熱っぽく語った。
「うま味」という新味覚の可能性と、それが日本の食生活をいかに豊かにするか、という壮大な夢を。
鈴木は、その場で即決した。
「面白い。博士、その夢に乗りましょう」
ここに、科学者と実業家という、最強のタッグが誕生した。
しかし、工業化への道は、想像を絶するほど険しかった。
昆布から抽出する方法では、コストがかかりすぎて、到底、製品にはならない。
池田が考え出したのは、小麦に含まれるタンパク質を、塩酸で分解してグルタミン酸を取り出す、という方法だった。
理論上は、可能だ。
しかし、それを巨大な工場のラインで、安全に、かつ安定して行うことは、まったく別の問題だった。
開発チームは、塩酸による加水分解の工程で、壁にぶつかった。
塩酸は、非常に危険な劇薬だ。装置はすぐに腐食し、有毒なガスが発生する。
爆発寸前の事故も、一度や二度ではなかった。
「こんな危険な方法、本当に続けられるのか……」
開発チームに、諦めの空気が漂い始める。
その時、彼らを鼓舞したのは、実業家である鈴木の、腹の据わった一言だった。
「失敗を恐れるな。私が全責任を負う。君たちは、ただ、博士の理論を信じて、前に進めばいい」
その言葉に、技術者たちは、再び顔を上げた。
池田が示した、確かな理論。
鈴木が示した、揺ぎない覚悟。
二つの歯車が、固く噛み合った。
彼らは、危険な塩酸を御する、新たな製造法を確立するため、再び、困難な課題へと立ち向かっていったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
鈴木三郎助の「私が全責任を負う」という言葉は、実際に残されているそうです。こうした経営者の覚悟がなければ、どんな偉大な発明も、世に出ることはなかったのかもしれませんね。
さて、ついに工業化への道筋が見えてきた「うま味」調味料。
いよいよ、製品として、その姿を現します。
次回、「『味の素』の誕生」。
しかし、完成した製品は、すぐには世の中に受け入れられませんでした。
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