漁師の嘆きが生んだ冷凍食品の夜明け 第6話:食卓を支える巨大産業の礎(終)
作者のかつをです。
第五章の最終話です。
一人の開拓者の「もったいない」という想いが、いかにして巨大な産業となり現代の私たちの日常を支えているのか。
壮大な歴史の繋がりを感じていただけたら嬉しいです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
戦争と食糧難の時代を越えて、苫米地英俊が灯した急速冷凍という小さな火は、やがて日本の高度経済成長の波に乗り大きな炎となって燃え上がった。
彼が創業した会社、日本冷蔵――後のニチレイ――は、日本の冷凍食品産業を牽引する巨大なリーディングカンパニーへと成長していく。
冷凍技術は魚だけでなく、あらゆる食材へと応用されていった。
野菜、果物、肉、そして調理済みの加工食品。
スーパーマーケットには巨大な冷凍食品コーナーが設けられ、そこには色とりどりのパッケージが所狭しと並んだ。
家庭の冷蔵庫には当たり前のように冷凍室が備え付けられるようになった。
電子レンジの普及が、その流れをさらに加速させた。
凍ったままの唐揚げをレンジに入れれば、わずか数分で揚げたてのような熱々の唐揚げが食卓に並ぶ。
かつて苫米地が夢見た時間を止める魔法。
その魔法は日本の食卓に豊かさと利便性、そして新しい選択肢をもたらしたのだ。
お弁当の隙間を彩るカップに入ったグラタン。
部活帰りの高校生が頬張る冷凍チャーハン。
共働きの夫婦が平日の夜に囲む冷凍餃子。
そのすべての風景の遥かなる源流に、一人の男の姿がある。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場した、あの冷凍庫。
一人の母親が子供のお弁当に入れるための、星形のポテトを取り出している。
彼女は、知らない。
今、自分が当たり前のように手にしているその氷の欠片が、かつて豊漁の港で捨てられる魚を見て心を痛めた一人の青年の悲しみから生まれたということを。
顕微鏡を覗き込み、目に見えない氷の結晶と孤独に戦い続けた名もなき科学者の執念の賜物だということを。
歴史は遠い昔の物語ではない。
私たちのすぐそばのこの冷凍庫の中に、確かに眠っているのだ。
母親は、その星形のポテトをそっとお弁当箱に詰める。
その冷たさが、いつもより少しだけ温かく感じられた。
(第五章:氷の魔法 ~漁師の嘆きが生んだ冷凍食品の夜明け~ 了)
第五章「氷の魔法」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
苫米地英俊は、まさに「日本の冷凍食品の父」と呼ぶにふさわしい人物でした。彼がいなければ現代の私たちの食生活は、まったく違うものになっていたかもしれません。
さて、家庭の食卓に革命をもたらした技術の物語が続きました。
次なる物語は今度は日本の国民食の王様、「カレー」そのものに生涯を捧げた男の物語です。
次回から、新章が始まります。
**第六章:金曜日の黄色い魔法 ~カレー粉国産化に生涯を捧げた男~**
当時は高価な輸入品しかなかったカレーを「日本の家庭料理にしたい」と願い、スパイスの調合にその人生のすべてを賭けた男がいました。
彼の情熱が、いかにして国民食への道を開いたのか。
引き続き、この壮大な食文化創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第六章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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