漁師の嘆きが生んだ冷凍食品の夜明け 第5話:戦争と食糧難を越えて
作者のかつをです。
第五章の第5話をお届けします。
時代に早すぎた発明がいかにして世の中に受け入れられていったのか。
今回は戦争という皮肉な時代の後押しが、彼の技術に光を当てるという歴史のダイナミズムを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
苫米地が確立した「急速冷凍」技術。
それは、あまりにも画期的すぎた。
彼は自らが開発した冷凍魚を手に、市場の仲買人たちにその価値を説いて回った。
「見てください。この魚は解凍しても獲れたてとほとんど味が変わりません」
しかし、仲買人たちの反応は冷たかった。
「冷凍魚はしょせん、冷凍魚だ」
「生とは違う。そんなもの高い金を出して買う客はいないよ」
長年人々の頭に染み付いた、「冷凍魚は不味い」という固定観念。
その壁はあまりにも厚く、高かった。
苫米地の事業はなかなか軌道に乗らず、苦しい経営が続いた。
そんな彼に大きな転機が訪れる。
皮肉なことにそれは、「戦争」という時代の大きなうねりだった。
1941年、太平洋戦争が勃発。
日本は深刻な食糧難に陥った。
都会では新鮮な魚など、もはやほとんど手に入らない贅沢品となっていた。
その時、国が目を付けたのが苫米地の「急速冷凍」技術だった。
彼の工場は軍の管理工場に指定された。
そして、彼の技術で作られた高品質な冷凍魚が軍需物資として、兵士たちの食糧として、そして都会の配給品として大量に供給されることになったのだ。
戦争という極限状況が、皮肉にも彼の技術の価値を全国に知らしめることになった。
そして、終戦。
日本はさらに深刻な飢餓の時代を迎える。
人々は食べるものに飢えていた。
そんな中、苫米地の冷凍工場はフル稼働を続けた。
北海道で獲れた魚を次々と冷凍し、食糧を求める全国の人々の元へと送り届けた。
かつて市場の片隅で、誰にも見向きもされなかった彼の冷凍魚。
それが今、敗戦に打ちひしがれた日本の人々の命を繋ぐ貴重なタンパク源となっていた。
彼は思った。
自分は間違ってはいなかったと。
捨てられる命を救いたい。
その一心で始めたささやかな挑戦。
それが今、巡り巡って飢える人々を救っている。
彼の胸には静かな、しかし確かな誇りがこみ上げてきていた。
彼の氷の魔法はついに、本当に人々を救う力となったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
戦後の食糧難の時代、冷凍されたサンマやイワシは都会の子供たちにとって貴重な栄養源でした。この時の経験が日本人の「冷凍食品」に対するイメージを大きく変えるきっかけとなったのです。
さて、ついにその価値を認められた急速冷凍技術。
その魔法はやがて日本の食卓の、あらゆる風景を変えていくことになります。
次回、「食卓を支える巨大産業の礎(終)」。
第五章、感動の最終話です。
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