漁師の嘆きが生んだ冷凍食品の夜明け 第4話:急速冷凍技術の確立
作者のかつをです。
第五章の第4話をお届けします。
理論を現実の技術へと昇華させる創造のプロセス。
今回は主人公・苫米地が自然現象からヒントを得て、前例のない装置を自らの手で作り上げていく発明家としての一面を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
理論はできた。
しかし、それを実現するための「装置」はどこにも存在しなかった。
マイナス何十度という極低温の世界で、いかにして魚を一瞬で凍らせるか。
苫米地はまず、当時最新鋭だったアメリカ製の冷凍機を取り寄せた。
しかし、その性能は彼の理想にはほど遠かった。
魚の芯まで完全に凍りきるのに数時間もかかってしまう。これではただの「少し速い緩慢冷凍」に過ぎない。
「機械がないのなら、自分で作るしかない」
彼は独学で冷凍技術と機械工学を学び始めた。
そして、一つの常識外れのアイデアにたどり着く。
「そうだ、風だ。凍てつくような猛烈な風を魚に直接吹き付ければいいんだ」
それは北海道の厳しい冬の自然から、ヒントを得たものだった。
吹雪の中では濡れた洗濯物も、あっという間にカチカチに凍り付いてしまう。
あの自然の猛威を、機械で再現するのだ。
彼は設計図を描き、町工場に特注の冷凍庫を作らせた。
その内部には巨大なファンが取り付けられている。
冷凍機でマイナス30度にまで冷やされた空気をそのファンで強制的に循環させ、超低温の「風」を人工的に作り出すのだ。
「エアブラスト式冷凍法」。
その画期的な装置が、ついに完成した。
彼は獲れたてのニシンを、その試作機の中に入れた。
スイッチを入れるとゴウッという凄まじい音と共にファンが回転を始める。
冷凍庫の中はまさに、人工の吹雪が吹き荒れているかのようだった。
数十分後、冷凍庫から取り出されたニシンはカチンコチンに凍り付いていた。
表面には霜一つ付いていない。まるでガラス細工のようだ。
問題は解凍した後だ。
彼は祈るような気持ちで、そのニシンを解凍した。
そして、その身を指でそっと押してみる。
「……!」
彼は我が目を疑った。
指先に伝わってくるのは、あの緩慢冷凍の時のスポンジのような感触ではない。
獲れたての生の魚が持つあの弾力。プリプリとした生命感のある感触が、確かにそこにあった。
ドリップもほとんど出ていない。
「成功だ……! ついにやったぞ!」
研究所に彼の歓喜の声が響き渡った。
長年の夢がついに現実のものとなった瞬間だった。
彼は時間を止める魔法を手に入れたのだ。
獲れたての命の輝きを氷の中に、永遠に閉じ込めるその魔法を。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「エアブラスト式」は現代の業務用冷凍庫でも広く使われている基本的な技術の一つです。苫米地は、まさにそのパイオニアでした。
さて、ついに時間を止める魔法を手に入れた苫米地。
しかし、彼の本当の戦いはここからでした。
その魔法の価値を世の中に、どうやって認めさせるのか。
次回、「戦争と食糧難を越えて」。
時代の大きなうねりが、彼の発明に思わぬ形で光を当てることになります。
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