世界を変えた「うま味」の発見 第2話:グルタミン酸との出会い
作者のかつをです。
第2話をお届けします。
食卓で抱いた一つの疑問を解き明かすため、池田博士の孤独な研究が始まります。
気の遠くなるような作業の先に彼が見つけたものとは。
科学者の執念の物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
翌日から、池田菊苗の研究室は昆布の匂いで満たされた。
彼の挑戦はシンプルかつ途方もないものだった。
大量の昆布を煮詰め、その煮汁から未知の味の成分だけを結晶として取り出す。
言葉にすれば簡単だが、それは大海の中からたった一粒の砂金を探し出すような作業だった。
彼はまず38キログラムという膨大な量の昆布を用意した。
それを巨大な寸胴鍋で、何時間も何日間も煮込み続ける。
研究室は、まるで海産物問屋のような様相を呈していた。
やがて、どろりとした褐色の液体が残る。
ここからが化学者としての本領発揮だった。
水に溶けない成分を取り除き、塩味を感じさせる塩化ナトリウムを取り除く。
甘味の元であるマンニットを取り除く。
一つまた一つと既知の味の成分を、薬品を使って根気よく分離していく。
それは何週間にもわたる地道な作業だった。
そして、ついに残った黒いタール状の液体。
この中にあの味の正体が眠っているはずだ。
彼はその液体をさらに丹念に処理していく。
数ヶ月が経過したある日のこと、ついにその瞬間は訪れた。
フラスコの底に茶色がかった小さな結晶が析出しているのを、彼は発見した。
震える手でその結晶をろ過し、取り出す。
それは、アミノ酸の一種「グルタミン酸」の結晶だった。
彼は祈るような気持ちで、その結晶のかけらをそっと舌の上に乗せた。
次の瞬間、池田の目に確信の光が宿る。
間違いない。
これだ。
あの湯豆腐で感じた、まろやかで奥深い味。
ずっと追い求めてきた未知の味の正体そのものだった。
「……見つけた」
誰に言うでもなく、彼の口から安堵のため息と共に言葉が漏れた。
研究室に静かな歓喜が満ちる。
歴史が動いた瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
膨大な昆布との格闘の末、ついに味の正体を突き止めた池田博士。
この地道な研究がすべての始まりでした。
ちなみに最終的に12kgの昆布から彼が抽出できたグルタミン酸は、わずか30gだったそうです。
さて、ついに発見された未知の味。
池田博士はこの発見を単なる学術的な成果で終わらせるつもりはありませんでした。
次回、「純粋な科学的探求心」。
彼の視線は日本の食卓の、その未来を見据えていました。
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