讃岐うどん、観光資源化への道 第3話:恐るべきさぬきうどん
作者のかつをです。
第二十六章の第3話をお届けします。
一冊の本が社会現象を巻き起こす。
インターネットがまだ普及しきっていない時代、情報の力がいかにして人々を動かしたのか。そのダイナミズムを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
タウン誌の連載で火がついたうどん探検の熱気は、やがて一冊の書籍となって結実する。
1993年、田尾和俊はこれまでの連載をまとめ、加筆修正を加えた単行本『恐るべきさぬきうどん』を出版した。
その内容は、従来のグルメガイドとは一線を画していた。
味の評価よりも、店に至るまでの迷路のような道順や、店主の強烈なキャラクター、そして独自の怪しいシステムを面白おかしく紹介することに主眼が置かれていたからだ。
「怪しい」「汚い」「でも美味い」。
その逆説的な魅力は、読者の好奇心を強烈に刺激した。
当初は香川県内だけのローカルな話題に過ぎなかったこの本は、口コミやパソコン通信(インターネットの前身)を通じて、じわじわと県外のアウトドア愛好家やB級グルメファンの間にも広まっていった。
そして、決定的な転機が訪れる。
1998年の明石海峡大橋の開通である。
本州と四国が陸路で結ばれたことで、関西圏からのアクセスが劇的に向上した。
週末になると、『恐るべきさぬきうどん』を片手に持った県外ナンバーの車が、香川ののどかな田園地帯に大挙して押し寄せるようになったのだ。
「本に載っていた『山越うどん』はここか?」
「『がもううどん』の行列、すごいことになってるぞ」
彼らにとって、うどん屋巡りは単なる食事ではなく、スタンプラリーやオリエンテーリングのような「ゲーム」だった。
一軒の店で一杯だけ食べ、すぐに次の店へと移動する「はしご」のスタイルが定着したのもこの頃だ。
一杯100円から200円という安さが、この遊び方を可能にした。
店側も、この突然のフィーバーに戸惑いつつも対応を迫られた。
普段は近所のお年寄りしか来ないような製麺所に、数百人の若者が押し寄せる。
麺が足りなくなり、急遽家族総出で打ち続ける店。
畑を駐車場として開放する店。
田尾が仕掛けた「うどん巡礼」という新しい観光スタイルは、行政や観光協会が何年もかけても成し遂げられなかった県外客の誘致を、たった一冊の本と一杯のうどんで実現してしまったのだ。
それは、地方の日常の中に埋もれていた資源を、「編集」という力で磨き上げれば、全国に通用する強力なコンテンツになることを証明した瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
『恐るべきさぬきうどん』はシリーズ化され、累計数万部を売り上げるベストセラーとなりました。この本がなければ、今のうどんブームは間違いなく存在しなかったでしょう。
さて、県外からの客が殺到する中で、うどんそのものにも新しい進化が生まれます。
ある一軒の店で生まれた、偶然の産物。
次回、「釜玉という発明」。
今や定番となったあのメニューの誕生秘話です。
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