讃岐うどん、観光資源化への道 第2話:製麺所という迷宮
作者のかつをです。
第二十六章の第2話をお届けします。
不便を楽しむ。
これこそが、現代の体験型観光の先駆けとも言える発想でした。
製麺所の独特なシステムは、今でもうどん巡りの醍醐味として受け継がれています。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
田尾和俊が企画した連載「ゲリラうどん通ごっこ」。
その取材スタイルは、従来のグルメ取材とは全く異なるものだった。
彼らがターゲットにしたのは、電話帳にも載っていないような「製麺所」型のうどん屋だった。
本来は麺を卸すのが本業だが、近所の人向けにこっそりと食べさせてくれる場所。
そこには客商売という概念そのものが存在しなかった。
取材班は車に乗り込み、不確かな情報を頼りに香川の山奥や田園地帯を彷徨った。
「この辺りに、煙突のある家があるはずなんだが」
「あそこじゃないか? でも看板も何もないぞ」
恐る恐る民家の敷地に入り込み、作業場の戸を開ける。
そこではおばちゃんたちが黙々と麺を打っている。
「あのう、ここでうどんを食べさせてもらえますか?」
おばちゃんは怪訝な顔をしながらも、「ああ、いいよ。そこに丼があるから自分で取って」とぶっきらぼうに応じる。
メニューはない。あるのは「熱い」か「冷たい」かだけ。
茹で上がったばかりの麺を丼に入れ、醤油を回しかけ、刻んだネギを乗せる。
たったそれだけ。
しかし、その麺を口に入れた瞬間、取材班は衝撃を受けた。
「……美味い!」
イリコの効いた出汁の香り、小麦の甘み、そして何よりも歯を押し返すような強烈なコシ。
それは洗練された料理店の味とは違う、荒々しくも生命力に満ちた本物の味だった。
そして何より面白かったのは、その「システム」だった。
代金は自己申告制でザルに入れる店。
食べた後の丼は自分で洗う店。
裏の畑から大根を抜いてきて、自分でおろして食べる店。
そこはまるで、大人のワンダーランドだった。
不親切で、不便で、分かりにくい。
しかし、その障害を乗り越えてありつく一杯のうどんには、何物にも代えがたい達成感と感動があった。
「これは、単なる食べ物じゃない。スポーツだ。レジャーだ」
田尾は確信した。
この「店を探すプロセス」や「独自ルールを攻略する楽しさ」こそが、讃岐うどんの隠された魅力なのだと。
彼は誌面で、あえて店の場所を詳しく書かなかった。
「ヒントは工場の煙突」「目印は黄色い看板」といった謎解きのような情報を散りばめ、読者に「探させる」という手法を取ったのだ。
「美味しい店を教える」のではなく、「怪しい店を探検する楽しさを伝える」。
その斬新な切り口は、退屈していた地元の若者たちの心に火をつけた。
「俺も行ってみたい!」
「あの店、どこにあるか分かったぞ!」
タウン誌の片隅で始まった小さな連載は、読者を巻き込んだ参加型のエンターテイメントへと成長し始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「製麺所」は本来飲食店ではないため、保健所の許可区分などが曖昧なグレーゾーンの店も多かったそうです。そんなアングラ感もまた、探検隊の冒険心をくすぐる要素だったのかもしれません。
さて、マニアックな人気を集め始めたうどん連載。
田尾編集長は、この熱狂をさらに広げるため、ある一冊の本を世に送り出します。
次回、「恐るべきさぬきうどん」。
伝説の書籍が、日本中を巻き込む大ブームの起爆剤となります。
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