なめらかプリンが起こしたデザート革命 第4話:行列のできるプリン屋さん
作者のかつをです。
第二十四章の第4話をお届けします。
単なるブームを超えて、文化として定着していく瞬間。
「なめらかプリン」の登場は、その後の「コンビニスイーツブーム」へと繋がる重要なマイルストーンとなりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1993年、パステルはテイクアウト専門店としての展開を本格化させた。
その主力商品はもちろん、「なめらかプリン」だ。
当時、テイクアウトの洋菓子といえばショートケーキやシュークリームが主流で、プリンはあくまで脇役だった。
しかも、一個300円前後という価格は、当時のスーパーで売られているプリンの数倍もする「高級品」だった。
「プリン一個にこの値段? 高すぎるんじゃないか」
社内でも懸念の声はあった。
しかし、発売されるや否や、その心配は杞憂に終わった。
テレビや雑誌が「今までにない新食感」として取り上げると、店の前には連日長蛇の列ができた。
OLや学生たちが、そのとろける味を求めて何時間も並んだ。
「パステルのプリン食べた?」
「すっごいなめらかなの!」
その口コミは瞬く間に広がり、一種の社会現象となった。
手土産として持っていけば、必ず喜ばれる最強のアイテム。
男性が女性へのプレゼントとして買う姿も珍しくなかった。
この大ヒットの背景には、時代の変化もあった。
バブル崩壊後の少し疲れた日本社会において、人々は豪華絢爛なフランス料理よりも、身近で、安らぎを感じられる「癒し」の味を求めていたのかもしれない。
スプーン一杯の甘くて柔らかい幸福。
それが、人々の心に深く刺さったのだ。
パステルの成功を見て、他の洋菓子店やコンビニエンスストアもこぞって動き出した。
「固いプリンはもう古い」
「なめらかでなければプリンじゃない」
市場には「とろける」「なめらか」「生」といった言葉を冠したプリンが溢れかえった。
かつては特殊なデザートだったなめらかプリンが、いつしか日本のプリンの「新基準」へと変わっていったのだ。
所浩史がレストランの片隅で抱いた「お腹いっぱいでも食べられるデザートを」というささやかな願い。
それが、日本のデザート市場全体を巻き込む巨大な革命へと成長していた。
彼は忙しく立ち働くスタッフたちの姿を見ながら、確信していた。
自分が作ったのは単なる流行のお菓子ではない。
日本人の味覚に合った、新しい食文化の一つになったのだと。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今でこそコンビニに行けば当たり前のように「とろけるプリン」が売っていますが、その源流はこのパステルの大ヒットにあります。30年以上経った今でも愛され続けているというのは、本当にすごいことですね。
さて、日本のデザート史に残る革命を起こしたなめらかプリン。
その柔らかい遺産は、現代の私たちにどう受け継がれているのでしょうか。
次回、「スプーンですくう幸福(終)」。
第二十四章、感動の最終話です。
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