無洗米開発、百年続いた習慣への挑戦 第4話:主婦たちの拒絶
作者のかつをです。
第二十三章の第4話をお届けします。
良いものが必ずしもすぐに売れるわけではない。
今回は、消費者の根強い心理的ハードルと、それを乗り越えるための地道な営業努力を描きました。
「手抜き」ではなく「手間抜き」。その価値観の転換は容易ではありませんでした。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「洗わなくてもいい、美味しくて環境に優しいお米」
雜賀慶二は自信満々で、この画期的な商品を市場に送り出した。
しかし、消費者の反応は彼の予想を大きく裏切るものだった。
「洗わないなんて、不衛生じゃない?」
「手抜きをしているみたいで、家族に申し訳ないわ」
「薬品を使ってヌカを溶かしているんじゃないの?」
スーパーの店頭で試食販売を行っても、主婦たちは怪訝な顔をして通り過ぎていく。
当時の日本人にとって、「米を研ぐ」という行為は単なる洗浄作業以上の意味を持っていたのだ。
それは家族のために食事を作る愛情の証であり、神聖な儀式でさえあった。
それを省略することは、「手抜き」という罪悪感に直結していた。
さらに、「無洗米」という名前自体が誤解を招いた。
「洗っていない米」と受け取られ、「汚い」というイメージを持たれてしまったのだ。
売上は伸び悩み、在庫の山が倉庫に積み上がっていった。
「技術は完璧なのに、なぜ伝わらないんだ……」
雜賀は焦った。
環境に良いと言っても、個人の生活実感としてはピンとこない。
とぎ汁が海を汚していると言われても、「うちだけなら大丈夫」と思ってしまうのが人間の心理だ。
そこで彼は、ターゲットと伝え方を変えることにした。
目を付けたのは、大量の米を消費する「業務用」の市場だった。
社員食堂、お弁当屋、そして給食センター。
毎日何十キロ、何百キロという米を研ぐ現場にとって、その作業は重労働であり、冬場の手荒れは深刻な悩みだった。
また、大量のとぎ汁処理にかかる排水処理コストも馬鹿にならない。
雜賀は自ら営業に回り、実演して見せた。
「この米を使えば、水道代も下がり、排水処理の負担も減ります。何より、パートさんたちの手荒れがなくなりますよ」
その言葉は、現場の切実な悩みに響いた。
「これなら、誰が炊いても味にブレが出ないな」
「人件費の削減にもなる」
少しずつ、しかし確実に、業務用の現場から無洗米の評価は高まっていった。
プロが認めた味と利便性。
その実績が、やがて一般家庭への普及の足掛かりとなっていく。
そして、ある出来事が無洗米の価値を決定的に高めることになる。
皮肉にもそれは、日本を襲った未曾有の大災害だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
無洗米というネーミングは、実は消費者公募で決まったものでした。しかし発売当初は「無銭米(タダの米)」と勘違いされたり、「洗っていない米」と思われたりと、散々な言われようだったそうです。
さて、業務用でじわじわと広がり始めた無洗米。
その真価が問われる時がやってきます。
次回、「災害と、無洗米の真価」。
水が使えない極限状況で、無洗米が果たした役割とは。
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