無洗米開発、百年続いた習慣への挑戦 第2話:「研ぐ」という常識への挑戦
作者のかつをです。
第二十三章の第2話をお届けします。
常識への挑戦は常に孤独との戦いです。
今回は、技術的な壁と周囲の無理解に苦しみながらも、信念を貫き通す主人公の姿を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「米を洗わずに炊けるようにする」
雜賀慶二がその構想を社内で打ち明けたとき、反応は冷ややかなものだった。
「社長、それは無理ですよ」
「米というのは研ぐことで表面の汚れやヌカを落とし、水を吸わせて美味しく炊き上げるものです。それを省くなんて、日本の食文化への冒涜だと言われかねません」
当時の精米技術の常識では、精白米の表面にはどうしても薄い粘着性のある「肌ヌカ」が残ってしまっていた。
この肌ヌカは非常に厄介な代物で、酸化しやすく、そのまま炊くとご飯がヌカ臭くなってしまう。
だからこそ、食べる直前に水で研ぎ洗いをして、この肌ヌカを洗い流す必要があったのだ。
もし無洗米を実現するなら、この粘り気のある肌ヌカを、水を使わずに工場で完璧に取り除かなければならない。
雜賀はまず、既存の精米機を改良することから始めた。
ブラシで擦ってみたり、不織布で拭き取ってみたり。
あるいは、静電気を使って吸着させてみたり。
しかし、どれも上手くはいかなかった。
強く擦りすぎれば米が割れてしまうし、弱すぎればヌカが残る。
何より、米の表面にある「うま味層」まで削り落としてしまい、味気ない米になってしまうのだ。
「ただ白くすればいいんじゃない。美味しくなければ意味がないんだ」
彼の目指す無洗米は、単に洗わなくていい米ではない。
とぎ汁を出さず環境に優しく、かつ誰が炊いても最高に美味しい米でなければならなかった。
業界内からも、「そんなものは夢物語だ」「東洋精米機は道楽で変な研究をしている」と陰口を叩かれるようになった。
開発資金は湯水のように消えていく。
それでも雜賀は諦めなかった。
彼は毎週末、和歌山の海に潜り、汚れていく海底を見つめては自らを奮い立たせた。
「このままでは、子供たちにきれいな海を残せない」
その執念だけが、彼を支えていた。
試行錯誤の日々は10年近く続いた。
そんなある日、彼は実験室でふとした現象に目を留める。
精米機の実験中に、米と米が擦れ合って出たヌカが、ある特定の条件下で不思議な固まり方をしているのを見つけたのだ。
「……ヌカが、ヌカにくっついている?」
それは、長く暗いトンネルの中に差し込んだ、最初の一筋の光だった。
粘着性があって厄介者だと思っていた肌ヌカの性質。
その「粘り気」こそが、実は肌ヌカを取り除くための最大の武器になるかもしれない。
逆転の発想が、雜賀の脳裏をよぎった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
米の表面には「亜糊粉層」という旨味成分を多く含んだ層があり、その上に「肌ヌカ」がへばりついています。肌ヌカだけを取り除き、亜糊粉層を残す。これは当時の技術では神業に近い難題でした。
さて、ヌカの粘着性というヒントを得た雜賀。
彼はそこからどんな画期的な製法を編み出すのでしょうか。
次回、「ヌカを剥がす難問」。
ついにブレークスルーが訪れます。
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