激辛ブームを創ったエスニック料理の伝道師たち 第1話:舌を焼く未知の味
作者のかつをです。
本日より新章、第二十二章「悪魔の赤い粉」の連載を開始します。
今回のテーマは、1980年代に日本中を席巻した「激辛ブーム」。
平和な食卓に突如として現れた赤い衝撃と、それを文化として定着させた人々の戦いを描きます。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2026年、東京。
真夏の炎天下、都内で開催されている「激辛グルメ祭り」の会場は、汗を拭いながら赤い料理を頬張る人々の熱気で包まれている。
真っ赤なスープのラーメン、大量の唐辛子が乗った麻婆豆腐、そして世界一辛いと言われるスパイスを使ったカレー。
人々は「辛い! でも美味い!」と叫びながら、その強烈な刺激に酔いしれている。
私たちは今や、辛さをエンターテイメントとして楽しむ術を知っている。
コンビニの棚には「激辛」を謳うスナック菓子やカップ麺が並び、テレビでは芸人が汗だくになって激辛料理に挑戦する姿がお茶の間の笑いを誘う。
しかし、かつて日本人が「辛さ」という味覚に対して、恐怖にも似た拒絶反応を示していた時代があったことを知る者は少ない。
わさびやからしのツーンとくる刺激には慣れていても、唐辛子の舌を焼くようなホットな辛さは、長い間「痛み」や「罰」としてしか認識されていなかったのだ。
これは、そんな味覚の鎖国状態にあった日本に「激辛」という新しい扉をこじ開けた、情熱的な料理人と仕掛け人たちの物語である。
物語は1980年代初頭の東京に遡る。
バブル景気の足音が聞こえ始め、人々が新しい刺激を求め始めていた時代。
しかし食の世界では、まだエスニック料理は一部の物好きが食べる「ゲテモノ」扱いされることも珍しくなかった。
そんな中、原宿の路地裏に一軒のタイ料理店がオープンする。
厨房に立つのは、タイから招かれた本場のシェフと、彼を支える日本人オーナー。
彼らは日本人の舌に媚びることなく、現地の味をそのまま再現しようと決めていた。
「タイ料理の魂は、このプリッキーヌ(極辛唐辛子)にある」
シェフは小さな緑や赤の唐辛子を、容赦なく鍋に放り込んだ。
トムヤムクン、グリーンカレー、ガパオライス。
どれもが鮮烈な香りと共に、口から火を吹くような辛さを秘めていた。
店を開けてみると、新しいもの好きの若者たちが物珍しさにやってきた。
しかし彼らの反応は、オーナーの期待を裏切るものだった。
一口食べた客は、顔をしかめて水をがぶ飲みする。
「痛い! なんだこれは!」
「こんなの料理じゃない、罰ゲームだ」
怒って帰ってしまう客もいた。
厨房から戻ってきた皿には、ほとんど手つかずの料理が残されていた。
「やはり、日本人には早すぎたのか……」
オーナーは頭を抱えた。
美味しいはずの料理が、ただ「辛い」という一点だけで拒絶されてしまう。
この赤い悪魔の魅力をどうすれば伝えることができるのか。
彼らの前には「味覚の常識」という、分厚く高い壁が立ちはだかっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第二十二章、第一話いかがでしたでしょうか。
今でこそ当たり前の「激辛」ですが、当時は唐辛子の辛さは「味が分からない」と敬遠されるのが一般的でした。
そんな時代に本場の味で勝負を挑んだ彼らの勇気には驚かされます。
さて、客から拒絶されてしまった本場の辛さ。
しかし彼らは味を変えるのではなく、「伝え方」を変えることでこの壁を突破しようと試みます。
次回、「辛さを数値化する発明」。
ゲーム感覚を取り入れた画期的なシステムが登場します。
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