とんこつラーメン、偶然の誕生秘話 第6話:世界を虜にした一杯(終)
作者のかつをです。
第二十一章の最終話です。
一つの偶然の失敗がいかにして国境を越え、世界中の人々を熱狂させる文化となったのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながらとんこつラーメンの物語を締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1980年代、東京に一つの転機が訪れる。
博多で絶大な人気を誇っていたラーメンチェーン「一風堂」が東京進出を果たしたのだ。
洗練された店舗デザインに、臭みを極限まで抑えたスタイリッシュなとんこつスープ。
その「博多のとんこつ」は首都圏の若者たちの心を瞬時に掴んだ。
テレビや雑誌がこぞってその新しい味を取り上げ、日本中に空前の「とんこつラーメンブーム」が巻き起こった。
かつて九州の一部でしか知られていなかったローカルなラーメン。
それがついに醤油、味噌、塩と肩を並べる国民食としての市民権を得た瞬間だった。
そしてその波はやがて世界へと押し寄せる。
2000年代、クールジャパンの追い風に乗り日本のラーメンは世界的なブームとなっていた。
そのブームの中心にいたのが間違いなく「TONKOTSU」だった。
そのクリーミーで濃厚な味わいは欧米人の舌にもストレートに響いた。
彼らにとってそれはもはやエキゾチックな東洋のスープではなく、フレンチのポタージュにも通じる普遍的な美味しさだったのだ。
ニューヨークにロンドンにパリに。
「IPPUDO」や「ICHIRAN」といった博多発のラーメン店の前には、人種の垣根を越え連日長蛇の列ができるようになった。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場したあの新宿の路地裏。
一人の若者がスマートフォンの画面を見つめている。
「今日のランチはどこのラーメンにしようか」
彼の目の前には無数の選択肢が広がっている。
彼は知らない。
今自分が当たり前のように選ぼうとしているその一杯のとんこつラーメンが、かつて戦後間もない久留米の一軒の屋台で起きたたった一つの「うっかりミス」から始まったということを。
一人の母親のささやかな失敗と、それを世紀の「発明」だと見抜いた名もなき店主の奇跡のような出会いの物語だということを。
歴史は遠い昔の逸話の中だけにあるのではない。
私たちのこの日常のささやかな一杯の選択の中に確かに息づいているのだ。
やがて彼は一つの店を選び歩き出す。
その店の暖簾の向こう側には、今日もあの白く濁った魔法のスープが彼を待っている。
一杯の失敗から生まれたそのスープが、今世界中の人々の心と体を温め続けている。
(第二十一章:白い豚の骨のスープ ~とんこつラーメン、偶然の誕生秘話~ 了)
第二十一章「白い豚の骨のスープ」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
とんこつラーメンの源流である久留米ラーメンは、博多ラーメンに比べて少し麺が太く、スープもより骨の香りが強いワイルドな味わいが特徴です。
もし九州を訪れる機会があれば、ぜひその「元祖」の味も確かめてみてください。
さて、味覚の最前線の物語でした。
次なる物語は、食の「トレンド」、すなわち「ブーム」がいかにして作られるのか、その仕掛け人たちの物語です。
次回から、新章が始まります。
**第二十二章:悪魔の赤い粉 ~激辛ブームを創ったエスニック料理の伝道師たち~**
80年代、日本中を熱狂させた「激辛ブーム」。
その火付け役となった料理人やマーケターたちの知られざる戦いを描きます。
引き続き、この壮大な食文化創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第二十二章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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