主婦を火の番から救った自動炊飯器 第7話:台所の風景が変わった日(終)
作者のかつをです。
第二章の最終話です。
一つの発明がいかにして社会を変え、現代の私たちの日常と繋がっているのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、自動炊飯器の物語を締めくくりました。
読者の皆様の心に何か少しでも残るものがあれば幸いです。
自動炊飯器の登場は、日本の食生活、いや社会そのものを静かに、しかし確実に変えていった。
ごはん炊きという重労働から解放された女性たちは、時間と心の余裕を手に入れた。
その時間は子供と向き合う時間になり、パートに出て働く時間になり、自らの趣味に打ち込む時間になった。
それは女性の社会進出を足元から支える、大きな原動力の一つとなったのだ。
そして、あの開発チームの技術者たちが蒔いた種は、その後何十年にもわたって豊かな実を結び続けることになる。
彼らが作ったシンプルな電気釜は、やがてマイコン制御の炊飯ジャーへと進化する。
保温機能が付き、タイマー機能が付き、お米の銘柄や好みの硬さに合わせて炊き分ける複雑な制御が可能になった。
IH、圧力、スチーム……
日本のメーカーは世界一美味しいごはんを炊くために、今この瞬間も熾烈な技術開発競争を繰り広げている。
そのすべての原点に、あの日の技術者たちの姿がある。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場した、あの部屋。
ピーピーという電子音と共に炊飯器が炊きあがりを告げる。
蓋を開けると、湯気と共に炊きたてのごはんの甘い香りが立ち上った。
女性は、その香りを吸い込みながらふと歴史に思いを馳せる。
この当たり前のように享受している一杯の温かいごはん。
その一杯にはかつて妻の涙を見て立ち上がった、一人の技術者の優しさが込められている。
苦情の嵐に耐えながら最適温度を探し続けた、名もなきチームの執念が込められている。
歴史は、教科書の中だけにあるのではない。
私たちが日々使うこの道具の中に、確かに生きているのだ。
女性は、しゃもじでごはんをそっとよそう。
その一粒一粒が、いつもより少しだけ愛おしく見えた。
(第二章:かまどの前の解放宣言 ~主婦を火の番から救った自動炊飯器~ 了)
第二章「かまどの前の解放宣言」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
日本の炊飯器の進化は海外からも「ガラパゴス的」と驚かれるほど独自で、かつ高度なものです。秋葉原では海外からの観光客が最新の炊飯器を買い求める光景が今でも見られます。
さて、家庭の台所に革命をもたらした技術の物語。
次なる物語は今度は一人の男の情熱が、まったく新しい「食文化」を日本に根付かせた物語です。
次回から、新章が始まります。
**第三章:日本人のための油 ~一人の男が夢見たマヨネーズ革命~**
日本人の体格と健康を向上させたい。その大きな夢を抱き、たった一人で国産マヨネーズの開発に挑んだ男がいました。
彼の情熱が私たちの食卓に何をもたらしたのか。
引き続き、この壮大な食文化創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第三章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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