とんこつラーメン、偶然の誕生秘話 第1話:久留米の屋台
作者のかつをです。
本日より、第三部の幕開けとなる第二十一章「白い豚の骨のスープ」の連載を開始します。
今回の主役は、今や世界中で愛される「とんこつラーメン」。
その濃厚なスープが、実は一つの「失敗」から生まれたという驚きの誕生秘話に迫ります。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京・新宿。
深夜の路地裏から独特の匂いが漂ってくる。
豚の骨を長時間煮込んだあの濃厚で食欲をそそる香りだ。
その匂いに誘われるように人々はラーメン店の暖簾をくぐっていく。
今や「TONKOTSU」は世界共通の言語となり、ニューヨークでもロンドンでも人々はそのクリーミーな白いスープを求めて行列を作っている。
私たちはその一杯を当たり前の選択肢として享受している。
醤油、味噌、塩、そしてとんこつ。
ラーメンの世界における不動の地位を築いたその味が、かつて九州の小さな街の一軒の屋台で起きた、たった一つの「うっかりミス」から偶然生まれたという事実を知る者は少ない。
これは一杯の失敗から世界を虜にする味を拾い上げた、名もなき開拓者の物語である。
物語の始まりは、第二次世界大戦の傷跡がまだ生々しく残る1947年の福岡県久留米市。
復興の槌音と闇市の喧騒が入り混じるこの街で、人々は安くて腹を満たせるものを求めていた。
そんな中、一人の若者がささやかな夢を抱いて一軒の屋台の準備を進めていた。
彼の名は、杉野勝見。
当時、ラーメンといえばまだ「支那そば」と呼ばれていた時代であり、主流は鶏ガラや豚骨を静かに煮出した透き通った醤油味のスープだった。
あっさりとしていて毎日でも食べられる優しい味わいだ。
杉野もまたその伝統的な支那そばの味に惚れ込み、自らの店で最高の支那そばを提供したいと願っていた。
彼は故郷の長崎や当時ラーメンが根付き始めていた博多で食べ歩きを重ね、独学でスープの研究に没頭した。
豚の骨を使いながらも決して煮立たせることなく、弱火でじっくりと旨味だけを抽出する。
アクを丹念に取り除き、どこまでも澄んだ黄金色のスープを目指す。
それが彼の理想であり、当時のラーメン職人にとっての常識であり美徳でさえあった。
やがて彼は西鉄久留米駅前の一角に「三九」という名の屋台を構える。
彼の作る丁寧で実直な味わいのラーメンはすぐに街の人々の評判を呼んだ。
仕事帰りの労働者が、学生たちが、彼の屋台の灯りに吸い寄せられるように集まり、一杯の温かいラーメンに明日への活力を得ていた。
杉野は来る日も来る日も寸胴鍋の前に立ち続けた。
スープは生き物であり、火加減や水の量、骨の状態といったほんの少しの違いが味のブレに繋がる。
彼は決して気を抜かなかった。
特にスープを濁らせることは職人としての「恥」だと考えていた。
白く濁ったスープなど客に出せるものではない。
それは火の番を怠った怠慢の証でしかなかったのだから。
彼の屋台は順調だった。
しかしその順調な日々の片隅で、歴史を揺るがす小さな「火種」が静かに燻り始めていたことをまだ誰も知らなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第二十一章、第一話いかがでしたでしょうか。
今でこそ豚骨スープは白濁しているのが当たり前ですが、当時は澄んだスープこそが正義でした。
この「常識」が次のドラマを生むことになります。
さて、澄んだスープに命を懸けていた杉野。
しかし彼の留守中に、運命のいたずらが寸胴鍋の中で起きてしまいます。
次回、「母に任せたスープの番」。
物語が大きく動き始めます。
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