日本初のミルクスタンドは駅にあった 第3話:ホームの上の、衛生戦争
作者のかつをです。
第二十章の第3話をお届けします。
今では当たり前の「コールドチェーン」や徹底した衛生管理。
今回は、その当たり前をゼロから築き上げた開拓者たちの見えない戦いに光を当てました。
安全は、ただでは手に入らないのですね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1953年。
秋葉原駅の総武線ホームの東端に、わずか一坪ほどの小さな小さな店がオープンした。
「ミルクスタンド」。
その歴史的な第一号店は、国鉄との約束を守るため衛生管理の要塞ともいえる場所だった。
まず彼らが徹底的にこだわったのは、「牛乳瓶」そのものだった。
当時の牛乳瓶はまだ品質が安定していなかった。
洗浄が不十分だったり、わずかな傷から菌が繁殖したり。
それが食中毒の原因となることも少なくなかった。
全農は、このプロジェクトのために特別仕様の新しい牛乳瓶を開発した。
丈夫で傷がつきにくく、そして洗いやすいシンプルな形状。
そして、その瓶を殺菌するための最新の高温殺菌洗浄機を導入した。
回収されたすべての瓶は、この機械で完璧に洗浄、殺菌される。
さらに、彼らは一つの画期的なルールを設けた。
「店内で飲み終えた瓶は、必ずその場で回収する」
客が瓶を持ち帰ってしまうことを、固く禁じたのだ。
これにより瓶の衛生状態を、完全に自らの管理下に置くことができる。
そして、瓶の紛失も防ぐことができる。
この徹底した瓶の管理システムこそが、ミルクスタンドの安全神話を築き上げる礎となった。
次なる戦いは、「温度管理」だった。
牧場で搾られた新鮮な牛乳。
その鮮度を、一滴たりとも損なうことなくいかにして客の口まで届けるか。
彼らは「コールドチェーン」という、当時まだ日本では珍しかった概念を徹底した。
工場から駅まで牛乳を運ぶ専用の冷蔵トラック。
そして、店のバックヤードに設置された巨大な業務用冷蔵庫。
牧場で搾られたその瞬間から客が手に取るその瞬間まで、牛乳は一度も外気に触れることなく常に5度以下という完璧な温度で管理され続けた。
その徹底した衛生管理と品質へのこだわり。
それは、国鉄との約束を守るためだけではなかった。
日本の子供たちに安全で美味しい本物の牛乳を飲ませたい。
その純粋な想いが、彼らを突き動かしていたのだ。
小さな一坪の店。
しかし、そのバックヤードでは日本の食品流通の未来を変えるほどの、静かなる衛生戦争が繰り広げられていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この飲み終わった瓶をその場で回収し洗浄、再利用するというシステムは、非常に先進的なリサイクルの仕組みでもありました。衛生と環境、その両方に配慮した素晴らしいアイデアだったのです。
さて、ついにオープンしたミルクスタンド。
その新しい文化は、人々にどう受け入れられたのでしょうか。
次回、「15円の、小さな贅沢」。
一杯の牛乳が、人々の心を掴んでいきます。
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