日本初のミルクスタンドは駅にあった 第2話:前例なき、挑戦
作者のかつをです。
第二十章の第2話をお届けします。
新しいことを始めようとする時、必ず立ちはだかる「前例がない」という壁。
今回は、その分厚い壁をいかにして開拓者たちが情熱と論理でこじ開けていったのかを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「駅のホームに牛乳屋を出したい」
全農の担当者は、その画期的なアイデアを手に日本国有鉄道(国鉄)の門を叩いた。
しかし、国鉄の役人たちの反応は冷ややかだった。
「駅のホームは列車に乗るための場所だ。商売をする場所ではない」
「前例がない。そんな得体の知れない店に、公共の空間を貸し出すわけにはいかん」
当時の、お役所仕事の典型。
「前例がない」という一言が、すべての新しい挑戦の前に分厚い壁として立ちはだかった。
さらに、彼らが懸念したのは「衛生問題」だった。
牛乳はデリケートな生ものである。
万が一食中毒でも起きれば、国鉄の社会的信用は失墜してしまう。
そんなリスクの高い商売を駅の構内で許可できるわけがない。
交渉は、暗礁に乗り上げた。
しかし、全農の担当者は諦めなかった。
彼は粘り強く国鉄の担当者の元へと足を運んだ。
そして、ただ頭を下げるだけではなく科学的なデータと熱い情熱で彼らを説得しようと試みた。
「見てください。これは日本の子供たちの平均身長と体重のデータです。欧米の子供たちと比べて、これだけの差がある」
「この子供たちの未来のために、どうか力を貸してはもらえないでしょうか」
彼は、来る日も来る日も訴え続けた。
これは単なる商売ではない。
日本の復興をかけた国民的なプロジェクトなのだと。
そのあまりにも真摯な熱意は、頑なだった役人たちの心を少しずつ溶かしていった。
そして、もう一つの強力な追い風が吹いた。
GHQである。
日本の酪農業の近代化を推し進めたいGHQ。
そして、子供たちの栄養改善を急務と考えていた厚生省。
それらの国家的な後押しもあって、ついに国鉄は重い腰を上げた。
「……分かった。ただし、条件がある」
「まずは一つの駅で試験的にやってみること」
「そして、衛生管理は完璧に行うこと。もし少しでも問題が起きれば、即刻撤退してもらう」
それは、厳しい条件だった。
しかし、固く閉ざされていた扉がついに開かれたのだ。
その記念すべき最初の実験の舞台として選ばれた場所。
それが、東京の巨大なターミナル駅の一つ、秋葉原駅だった。
こうして、日本の酪農の未来を賭けた前例なき社会実験が、ついに始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この国鉄との交渉は数年にも及んだと言われています。GHQや厚生省といった外部の力も巻き込みながら粘り強く説得を続けた、担当者たちの交渉力には頭が下がります。
さて、ついに設置の許可を得たミルクスタンド。
しかし、その小さな店には彼らの知恵と工夫がぎっしりと詰め込まれていました。
次回、「ホームの上の、衛生戦争」。
食中毒を絶対に出さないための、壮絶な戦いです。
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