主婦を火の番から救った自動炊飯器 第6話:スイッチ一つの革命
作者のかつをです。
第二章の第6話、いかがでしたでしょうか。
ついに発売された電気釜がいかにして社会に受け入れられていったのか。
今回はその普及のプロセスと開発者たちの喜びを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1955年12月。
ついに東芝から、日本初の自動式電気釜が発売された。
価格は三千二百円。
当時の大卒初任給が一万円に満たなかった時代、決して安い買い物ではなかった。
発売当初、売れ行きは芳しくなかった。
事業部が懸念した通り、「機械に任せるなんて」「本当に美味しく炊けるのか」という世間の疑いの目は根強かったのだ。
しかし、その流れを大きく変えたのは実際に電気釜を購入した主婦たちの「口コミ」だった。
「本当にスイッチを入れるだけで、焦げ付かずに炊けるのよ」
「ごはんを炊いている間にもう一品おかずが作れるようになったわ」
「もうかまどの火の番をしなくていいなんて、夢のよう」
その評判は、主婦たちの井戸端会議を通じて燎原の火のように瞬く間に広がっていった。
電気釜は、単に家事を楽にするだけの道具ではなかった。
それは主婦たちに、「時間」という何物にも代えがたい贈り物をしたのだ。
火の番から解放された時間。
失敗を恐れるストレスから解放された心の余裕。
その価値に、世の中が気づき始めた。
発売から一年後、月産二万台だった電気釜は月産二十万台という驚異的なペースで売れ始め、生産がまったく追いつかない大ヒット商品となっていた。
電気釜はテレビ、冷蔵庫、洗濯機と並んで「三種の神器」に次ぐ新たな必需品として、日本の家庭に急速に普及していった。
開発チームのメンバーたちは、デパートの家電売場にその光景を見に行った。
自分たちが生み出した電気釜を嬉しそうに抱えて帰る、家族の姿。
その笑顔を見て、彼らはこれまでの苦労がすべて報われた気がした。
妻の涙から始まったささやかな挑戦。
それが今、日本中の家庭に笑顔を届けている。
それは、スイッチ一つで始まった静かで、しかし偉大な台所の革命だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
発売当初、東芝は販売店向けに大量のしゃもじを景品として配ったそうです。「このしゃもじで電気釜で炊いたごはんをどんどん試食させてください」と。この地道な実演販売も大ヒットの大きな要因となりました。
さて、社会現象を巻き起こした自動炊飯器。
その発明は、現代の私たちにどう繋がっているのでしょうか。
次回、「台所の風景が変わった日(終)」。
第二章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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