冷凍パン生地が起こしたパン屋革命 第4話:焼くだけの、パン屋さん
作者のかつをです。
第十九章の第4話をお届けします。
一つの技術革新がいかにして新しい「ビジネスモデル」を生み出し、そして人々の「働き方」や「夢」さえも変えていくのか。
今回は、そんなイノベーションのダイナミックな連鎖を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
最強の冷凍耐性酵母と最強のグルテン構造。
その二つの武器を手に入れた奇跡の冷凍パン生地は、ついに完成した。
それは、まさに魔法の生地だった。
工場で一括して生産され冷凍されたパン生地。
それを、各店舗へと配送する。
店のオーナーがやることは、驚くほどシンプルだ。
前日の夜に冷凍庫から生地を取り出し、冷蔵庫で一晩かけてゆっくりと解凍する。
この解凍の過程で眠っていた酵母が目を覚まし、穏やかに発酵を始めるのだ。
そして、翌朝。
店のオーナーは出勤すると、ちょうど良い具合に発酵した生地をオーブンに入れて焼くだけ。
そこにはもはや深夜の過酷な仕込み作業は存在しない。
小麦粉を計量したり生地をこねたり、一次発酵の温度管理をしたり。
そうした最も専門的な知識と経験が必要とされるすべての工程が、巨大な工場に集約されているのだ。
店の厨房は、オーブンと冷凍庫さえあればそれでいい。
「これなら、いける……!」
開発した技術者たちは、確信した。
このシステムさえあればパン職人ではない普通の脱サラしたサラリーマンでも主婦でも、誰でも焼きたてのパンを提供する夢のオーナーになれるはずだ。
彼らはこの新しいビジネスモデルを、「ベイクオフシステム」と名付けた。
工場で生地作りまでを行い、各店舗では焼くだけ(ベイクオフするだけ)。
そして、この画期的なシステムを武器に新しいフランチャイズチェーンが、日本中に誕生していくことになる。
リトルマーメイド、ヴィ・ド・フランス。
駅の構内やデパートの地下。
これまでパン屋が存在しなかった一等地に、次々とお洒落なベーカリーがオープンした。
そのガラス張りの明るい厨房では、若い女性の店員が笑顔でパンを焼いている。
かつての薄暗い粉まみれの、職人だけの聖域。
そのイメージは、完全に覆された。
パン屋は、誰もが憧れる華やかでクリーンな職業へと生まれ変わったのだ。
冷凍パン生地という、静かなる革命。
それはパン職人の過酷な労働環境を改善しただけではなかった。
それは「パン屋になる」という多くの人々の夢を現実のものとする、魔法のシステムでもあったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「ベイクオフシステム」は今や日本のパン屋業界の主流となっています。個人経営の小さなパン屋さんでも、一部のパンは冷凍生地を仕入れているというケースは少なくありません。まさに、業界のインフラとなっているのです。
さて、順風満帆に見える冷凍パン生地革命。
しかし、その陰では伝統との静かなる葛藤もありました。
次回、「職人の、プライド」。
冷凍パン生地はパン職人から何を奪い、そして何を与えたのでしょうか。
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