冷凍パン生地が起こしたパン屋革命 第3話:グルテンとの、対話
作者のかつをです。
第十九章の第3話をお届けします。
今回は、パンのもう一つの主役「グルテン」に焦点を当てました。
目に見えないミクロの構造をいかにして科学の力でコントロールしていくのか。
その緻密な研究開発の世界を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
酵母探しの長い旅の末、開発チームはついにいくつかの有望な冷凍耐性を持つ酵母菌を発見した。
しかし、パンが膨らまないという問題はまだ完全には解決されていなかった。
「酵母は生きている。それなのに、なぜパンの膨らみが悪いんだ……?」
研究者たちは再び顕微鏡を覗き込んだ。
そして、彼らはもう一つの致命的なダメージを発見することになる。
犯人はまたしても、あの氷の結晶だった。
パン生地の骨格を形成しているのは、「グルテン」という網の目状のタンパク質の組織だ。
酵母が発生させた炭酸ガスをこのグルテンの網が風船のように優しく受け止めることで、パンはふっくらと膨らむ。
しかし、冷凍によって生まれた氷の結晶は酵母だけでなく、この繊細なグルテンの網さえも無惨に引き裂いてしまっていたのだ。
網が破れてしまっていては、いくら酵母がガスを発生させてもそれを受け止めることができず、ガスは外に逃げていってしまう。
これでは、パンが膨らむはずがない。
「酵母だけでなく、グルテンも守らなければならないのか……」
問題は、二重三重に絡み合っていた。
チームは今度は、パン生地の主原料である「小麦粉」そのものにメスを入れることにした。
グルテンの強さは小麦粉の種類によって大きく異なる。
より強靭で冷凍のダメージに耐えることができるグルテンを形成する、最強の小麦粉はどれなのか。
彼らは再び世界中からありとあらゆる小麦粉を取り寄せ、そのグルテンの性質を分析し始めた。
さらに、彼らは生地の「こね方」にも着目した。
グルテンの網は生地をこねればこねるほど、強く緻密になる。
ならば、あらかじめ通常よりも遥かに強く長く生地をこねておく。
そうすれば、冷凍による多少のダメージを受けても十分にガスを保持できるだけの強靭な骨格を維持できるのではないか。
彼らは最新の製パン機械を導入し、生地の混捏時間や速度を秒単位でコントロールしながら理想のグルテン構造を探っていった。
それはもはや職人の手ごねの世界では決して到達できない、科学的なアプローチだった。
酵母との対話。
そして、グルテンとの対話。
目に見えない二つの生命と物質。
その声なき声に耳を澄ませ、彼らの能力を最大限に引き出す。
その地道で忍耐強いコミュニケーションの果てに、ついに彼らは冷凍という長い冬を乗り越え、春のオーブンの中で見事に花開くことができる奇跡のパン生地を、生み出す一歩手前までたどり着いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この冷凍に耐える強靭なグルテンを形成する技術は、後に「冷凍生地製パン法」として一つの確立された製パン技術となります。まさに、彼らの地道な研究が新しい道を切り拓いたのです。
さて、ついに理想の冷凍パン生地は完成した。
しかし、その画期的な生地をどうやって街のパン屋さんに届けるのか。
次回、「焼くだけの、パン屋さん」。
新しいビジネスモデルの誕生です。
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