「サーティワン」が日本にアイスクリーム文化を根付かせた日 第4話:ピンクのスプーン革命
作者のかつをです。
第十八章の第4話をお届けします。
今回は、サーティワンの成功の最大の鍵となった「テイストスプーン」に焦点を当てました。
たった一つの小さなサービスがいかにして人々の心の壁を溶かしていったのか、そのマーケティングの妙を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
店の売上は低迷していた。
しかし、現場の店員たちは諦めてはいなかった。
彼女たちはアメリカのマニュアルに書かれていた一つのサービスを、愚直にそして粘り強く実行し続けていた。
それが、あのピンク色の小さなスプーンで無料で味見を勧める、「テイストスプーン」のサービスだった。
ショーケースの前で戸惑っている客に、彼女たちはにこやかに声をかけた。
「よろしかったら、一口お味見いかがですか?」
「こちらのチョコミントは爽やかで、とても人気なんですよ」
最初は遠慮していた客も「無料なら」と、おそるおそるその小さなスプーンを受け取った。
そして、一口味わってみる。
その瞬間、客の顔に驚きとそして笑顔が広がった。
「……あら、美味しい」
「歯磨き粉なんてとんでもない。チョコチップとの相性が抜群だわ」
このピンクの小さなスプーンが、奇跡を起こした。
それは、単なる試食ではなかった。
それは「未知との遭遇」への恐怖心を取り除く、魔法の杖だったのだ。
客は損をするリスクを一切負うことなく、新しい味と出会うことができる。
そして、それは店員と客との間に温かいコミュニケーションを生み出した。
「こちらは、いかがですか?」
「うーん、じゃあこっちも試していい?」
その楽しい会話の中で客は自然と心を開き、店への親近感を抱いていく。
この「テイストスプーン」の噂は、口コミで瞬く間に広がっていった。
特に新しいもの好きの女子高生や主婦たちの間で、評判となった。
「ねえ知ってる? 目黒にできたあのアイスクリーム屋さん、タダで味見させてくれるらしいよ」
「31種類もあって、全部試せるんだって!」
店は、連日多くの女性客で賑わうようになった。
彼女たちはキャーキャーと歓声を上げながら、ショーケースの前で新しいフレーバーとの出会いを楽しんでいた。
サーティワンが本当に売りたかったもの。
それは単なるアイスクリームではなかった。
「選ぶ楽しさ」という、「体験」そのものだった。
その目に見えない価値を日本の人々に初めて具体的に伝えてくれたのが、このたった一匙のピンクのスプーンだったのだ。
それは、日本の外食サービス史における小さな、しかし偉大な革命だった。
「おもてなし」とは何か。
その一つの答えが、その小さなスプーンの中に確かにあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「テイストスプーン」のサービスは、創業者のアーヴ・ロビンスのアイデアでした。彼の「お客様に心から楽しんでほしい」というエンターテイナーとしての精神が、この画期的なサービスを生み出したのです。
さて、ついに日本の人々の心を掴んだサーティワン。
彼らの次なる戦略は、日本の「文化」と深く結びつくことでした。
次回、「季節を彩る、魔法」。
サーティワンが単なるアイスクリーム店から、特別な「イベント」へと進化していく物語です。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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